あなたもセカンド・ビクティム(第二の犠牲者)になるかも?医療事故当事者のピアサポートの重要性
もし、あなたが医療事故を起こした時、あなたの施設はあなたを守ってくれるでしょうか?「日本では、医療事故の当事者が『セカンド・ビクティム(第二の犠牲者)』になりかねない」と指摘したのは、第15回日本臨床医学リスクマネジメント学会・学術集会で、教育講演「医療事故当事者に対するメンタルケア・ピアサポート」を行った大磯義一郎氏(浜松医科大学医学部医療法学)です。
本講演では、アメリカの医療事故に遭遇した患者・家族・医療従事者へのサポートおよび啓発活動と、ピアサポートについての紹介、また、日本が目指すべき医療事故当事者に対するメンタルサポート体制について話されました。その一部をレポートします。
「医療事故が起きると犯人探しになる」と日本の医療事故に対しての考えの未熟さを訴える大磯義一郎氏
なぜ医療事故当事者にピアサポートが必要なのか?
秘密保持が徹底されたピアサポートプログラム
ピアサポーターはベテランナースに多い
「医療安全」や「ピアサポート」の資料は訴訟の証拠に使われてはならない
なぜ医療事故当事者にピアサポートが必要なのか?
誰しも、わざと医療事故を起こそうとする医療従事者はいないでしょう。しかしながら、医療事故を起こしてしまうと、その医療者は「悲嘆、恥、恐れ、孤立などの感情を抱く」と大磯氏は説明します。そして、そういった感情を持ったままでは、不眠や疲労が取れず、薬物やアルコールなどの乱用につながるなど、身体にも影響が出てくると続けます。つまり、医療事故の当事者が『セカンド・ビクティム(第二の犠牲者)』になってしまうのです。
さらに、医療事故は、当事者だけではなく、一緒に働くチームにも影響が出ると大磯氏は話します。例えば、仲が良かった人は当事者に声がかけづらくなったり、周囲のスタッフも「自分も同じことになるかも」と思い、萎縮医療につながってしまぅたりするかもしれないためです。大磯氏は、1つの医療事故により当事者の周囲約900人に影響があったというアメリカの調査結果を紹介し、「医療事故を起こすと、その影響は当事者を中心に、同心円状に広がっていく」と述べます。そして、本人の心身へのフォローはもちろん、そういった周囲への影響を断ち切るためにも、医療事故当事者にピアサポート(peer support:同じような立場・経験のある人によるサポート)が必要なのだと強調しました。
秘密保持が徹底されたピアサポートプログラム
現在、アメリカには医療事故当事者(患者側・医療従事者双方)にピアサポートを行う「MITSS(Medically Induced Trauma Support Services)」という非営利の第三者組織があります。これは、1999年に起こった麻酔事故をきっかけに、患者・医師の当事者同士で設立された機関です。このMITSSが提供するサポートプログラムを以下に挙げます。
【MITSSが提供するサポートプログラム】
・医療者へのグループ講習・サポート
・電話での24時間サポート
・医療機関での心理的影響に関しての講習
・医療機関におけるサポートプログラム構築の支援
・短期の個人サポート
アメリカでは、このMITSSや各医療機関がピアサポートやピアサポート研修を行っています。ハーバード大学付属のBrigham and Women's Hospitalもその一つで、同施設で行っているピアサポートは以下の3段階です。
1)リーダーや同僚、リスクマネジメントチームなどがピアサポートプログラムに連絡する。
2)適したピアサポーターを選び、当事者に連絡し、面談を行う。
3)当事者に何らかの症状や問題が続くようであれば、心理的ケアや精神医療につなげる。
大磯氏によると、「感情への初期対応(ファーストエイド)」がピアサポートでは最も重要なのだと言います。そのため、ピアサポーターが面談を行うのは、基本的に当日中、遅くても48時間以内なのだそうです。
さらに、面談では、起きたことの詳細や原因は話さず、話の内容も秘密厳守です。そのため、記録も残しません。基本的に、外部への報告もなく、唯一報告されるのは、自傷他害のおそれがある場合のみだとのこと。つまり、ピアサポーターとの面談で話した内容が院内での評価やキャリアについての考慮材料にはならないというだけではなく、医療訴訟での証拠となることもないということです。
ピアサポーターはベテランナースに多い
現在、Brigham and Women's Hospitalでは、約120名がピアサポーターとして登録されているそうです。ピアサポーターは、匿名で「この人なら相談できそう」「この人なら相談できる」という人を推薦してもらって、当人に打診されます。推薦されるスタッフは大磯氏によると、ベテランのナースが多いようです。打診された本人が了承すれば、研修を受け、ピアサポーターとして病院に登録されます。ちなみに、自薦でもOKなのだとか。以下に、ピアサポーターがやること、やらないことの一覧を示します。
ただ、こういったピアサポーターは専属ではなく、基本的に兼業なのだそうです。日ごろは通常業務についており、対応が必要な事案が発生し、要請があれば対応します。大磯氏は、「だからこそ、施設のトップの姿勢が重要」だと強調します。「ピアサポートは形だけ入れても意味がありません。病院の安全対策の一つとして必要なのだと、トップがその重要性を理解し、支え続けていくことが重要です」と続けます。
「医療安全」や「ピアサポート」の資料は訴訟の証拠に使われてはならない
医療事故が起こった場合、主に関係するのは、「医療安全」「グリーフケア・ピアサポート」「紛争解決(訴訟)」の3つです。大磯氏は、この中で特に「紛争解決」が鬼門になると強調します。例えば、アメリカでは、医療安全の観点から出された報告書などの資料は裁判に使わないよう、証拠制限があり、さらに、Sorry Lawという法律も制定されています。また、EUでは、無過失補償制度が導入されています。つまり、アメリカもEUも医療安全とグリーフケア・ピアサポート、紛争解決がそれぞれ独立しており、それぞれの報告書や資料が裁判で使用されることがないのです。
しかし、日本の場合はこのあたりの検討が遅れていると大磯氏は指摘します。そして、本来、医療安全は科学であり、医療安全の観点から作成された報告書や資料は、現場の安全性の向上のために使うもので、訴訟で使われるべきではないと強く主張しました。
現在、大磯氏は、MITSSの日本版組織を設立する予定だといいます。さらに、ピアサポートプログラムを実践するための協力病院を募集しているといい、「次の世代の医療者によりよい環境を作っていきたい」と述べ、講演を終えました。
memoSorry Lawと無過失補償制度
【Sorry Law】事故直後、状況を患者や遺族などに説明する際に謝っても、「謝った=過失を認めた」ことにならない、という法律。また、明確に原因が判明していない時点での説明が、後に事実と違っていても、それを訴訟で使われることはない。
【無過失補償制度】事故が起こった場合、加害者側に過失があってもなくても、被害者に補償金が支払われる制度のこと。日本では、2009年1月に分娩に関連して発症した重度脳性麻痺児に限り、産科医療補償制度が初めて創設された。
【看護roo!編集部】
2017年5月27日(土)~28日(日)
第15回 日本臨床医学リスクマネジメント学会・学術集会
【会場】
東京ビッグサイト
【会長】
坂本哲也(帝京大学)
【学会HP】
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