「認知症JR事故」の最高裁判決、医療者は監督責任を負うか?|ナース必読ニュース!
はじめまして。弁護士で医師の山崎祥光です。
この連載では、世間で話題になっているニュースについて、「看護師さんがおさえておくべき観点」をわかりやすく解説します。
あまり報道されていない側面にも、看護師さんが知っておきたい内容がたくさんあります。
臨床現場で使える情報を提供できればと思います。
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「認知症JR事故」の最高裁判決、医療者の監督責任のリスクも
高齢で認知症の方が線路に迷い込み、電車にはねられて死亡した事故について、JRが家族に対して損害賠償請求訴訟を起こし、家族など介護者に賠償責任があるのか、注目されました。
この事件について、2016年3月1日に、最高裁判決がでました。
【判決を一行で】
・同居する配偶者や、成年後見人というだけでは監督義務者に当たらず(認知症患者の事故に責任を負わない)、家族関係や監護・介護への関与の度合いが深い場合には、監督義務者になりうる。
【判決で、看護師がおさえておきたいこと】
・精神科病院や介護施設は、入院・入所患者の監督義務者に当たりうる。
・専門職・専門知識のある人は重い責任を負う。
(参考)判決文:裁判所ウェブサイトより
【目次】
看護師がおさえておくべき注意点
今回の判決は、同居している配偶者や、成年後見人というだけでは責任は問われない一方で、介護に深く関与する人や専門知識がある人は、重い責任を負いうるという内容です。
これを踏まえると、看護師さんとしては「判断能力が落ち(12歳程度の理解能力が境目)、徘徊や暴力行為など危険行動がある方」には、複数のスタッフで対策を相談し,重点的に対応することが必要です。
身体拘束は人権侵害なので最小限にすべきですし、徘徊などの危険行動を確実に予測して予防することは専門家といえども不可能ですが、このような判決を読むと、最高裁の裁判官を含め、「医師・看護師なら危険を察知して確実に予防できる」という過剰な期待があるようです。
事件の概要
事件は、家族が目を離した隙に認知症の90歳代の男性Aさんが外出し、近隣の線路で列車にはねられて死亡したもので、Aさんは線路に迷い込んだと考えられています。
JRは、同居していた高齢の妻Bさんと別居の息子Cさんに、衝突事故による損害賠償請求訴訟を起こしました。
控訴審では、高齢の奥さんが賠償責任を負うとされ、「介護する家族に過剰な要求ではないか」と批判されていた中での判決です。
争点と前提知識
民法では、故意・過失で人に危害を加えたら、不法行為として損害賠償をする責任を負うのが原則です。
とはいえ、重い認知症の人や小さな子どもで、自分がしていることの善悪が判断できない場合には、賠償責任を負わない仕組みになっています(民法712条、713条。該当する場合を「責任無能力者」といいます)。
その一方で、被害者にとっては、何もしていないのに危害を加えられ、金銭的な補償・賠償も受けられない、というのは酷な状況になります。
このため、責任無能力者の「監督義務者」が賠償責任を負います(民法714条1項)。
今回は、どういう場合に「監督義務者」(もしくはそれに準じる者)となるのか、BさんとCさんが監督義務を負うかがポイントとなりました。
裁判所の判断概要
最高裁は、BさんとCさんの賠償責任を否定しました。
監督義務者については、同居する配偶者や,成年後見人というだけでは監督義務者に当たらないとしました。
そのうえで、次のような場合に責任を負うとしました。
以下に、噛み砕いて最高裁の判断の核となる「ルール」の概要をお示しします。
※正確な表現が知りたい方は判決文を読んでみてください(10頁2-11行目)。
「(家族が)責任無能力者を監督しているか、監督が可能で容易だという場合には責任を負う」というもので、下の要素から総合的に判断される。
・家族自身の生活状況や心身状況
・責任無能力者との親族関係の近さ
・同居の有無
・財産管理の有無
・責任無能力者の問題行動の有無
・監護・介護の状況
など
これらの要因から、「BさんやCさんが責任を負わない」との結論はよかったのですが、このルールは「積極的に介護に関与した人が責任を負う」というメッセージを発しています。
問題行動のある認知症の親がいるときに、「健康な子どもが同居して財産を管理し、監護・介護を積極的にしていると責任を負い」、「認知症患者をどこかに預けたり、人任せにしたりすれば責任を負わない」という結論になりかねません。
まとめ
専門知識があって看護に深く関わる看護師さんは、認知症の患者さんが入院・入所している場合、監督義務者としての責任を問われかねません。
患者さんが「責任無能力」かどうかは、12歳程度の理解能力が目安とされていますので、そのような方で危険行動があれば、特に重点的な対応が必要です。
危険行動の確実な予測はできない中、患者さんの尊厳を守りつつ、危険行動をすべて防ぐことはできません。
医療機関としてどういう方針で対応しているか(できるだけ患者さんの自由を重視するか/危険行動の予防を重視するのか)、明示しておくことも重要です。
※ちなみに、控訴審までの詳しい解説は拙稿をご参照ください。
『少子超高齢社会の「幸福」と「正義」』(浅井篤・大北全俊 編、日本看護協会出版会)
山崎祥光(やまざき・よしみつ)
弁護士・医師(弁護士法人 御堂筋法律事務所 大阪事務所)
医療者・病院側に立っての弁護士活動を行っており、医療紛争や医療訴訟を中心に、監査対応、警察対応や日常の法律相談なども行っている。
共著に『「医療事故調査制度」早わかりハンドブック』(日本医療企画)。委員として『医療事故調運用ガイドライン』(へるす出版)編集。
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