時短で働く常勤看護師-「多様就業型ワークシェアリング」の現状と課題-
ライフスタイルに応じた多様な働き方を受け入れる「多様就業型ワークシェアリング(短時間正社員制度)」。「病棟勤務=長時間労働が必須」の図式を覆す、新しいワークスタイルとはどんなものでしょうか。
制度を利用する立場だけでなく、一緒に働くスタッフへの影響もまとめます。
【目次】
「多様就業型ワークシェアリング(短時間正社員制度)」とは?
あるアンケート調査では、
「勤務時間への不満を抱いている看護師は約80%」
さらに、「短時間勤務の必要性を感じている看護師は約80%」
という結果が出ています。(※1)
プライベートの時間が思うように確保できないことで、身体的・精神的に大きな負担を強いられるだけではなく、子育てや介護などの家庭生活とのバランスが取れず、結果的に女性がフルタイムでの勤務を辞めてしまうケースは珍しくありません。
この流れに歯止めをかけるべく、厚生労働省は「多様就業型ワークシェアリング(短時間正社員制度)」を導入する企業の支援に乗り出しました。
多様就業型ワークシェアリングとは、ライフスタイルやライフステージに応じた多様な働き方を希望する人に、フルタイム正社員よりも勤務時間や日数を短縮しながら活躍してもらうための仕組みです。(※2)
多様就業型ワークシェアリングは一般企業だけではなく、看護職員の定着率の向上に力を入れる病院でも注目されています。実際に制度を導入している病院では、勤務時間の短縮化をはじめ、土日祝日勤務や夜勤の有無、勤務日数などの詳細を、各部署でのポジションや制度の利用目的によって個別に決定しています。
育児・介護・キャリアアップにも活かせる
多様就業型ワークシェアリングが適応されるのは、育児や介護だけではありません。
進学や資格取得など、キャリアアップを支援する目的で制度を活用できる病院もあります。
●進学・資格取得等の具体例
- ・大学編入学・大学院進学のための受験勉強時間の確保
- ・カウンセラーなどの各種養成講座の受講
- ・大学通信教育課程(スクーリングあり)への編入学
- ・鍼灸専門学校など夜間コースを設けている学校への進学
- ・その他、時短正社員と認められる労働時間をクリアする範囲で仕事と学業の両立を目指す人
キャリアアップを目指す人の多くは、フルタイムでの病棟勤務の継続が困難なため、退職又は嘱託職員に切り替えて働くというケースが一般的です。
このような場合でも同じ病棟での勤務を続けることができれば、看護師・医療機関どちらにもメリットが生まれます。
制度利用者・他のスタッフ・医療機関のメリット・デメリット
多様就業型ワークシェアリング制度によって働き方が多様になれば、もちろん一緒に働くスタッフにも影響が及びます。
「時短で働く看護師が増えたら、それ以外の病棟スタッフにしわ寄せが来るのでは?」という心配の声も既にあがっていますが、制度利用者・他のスタッフ・医療機関それぞれのメリット・デメリットは何でしょうか。
○制度利用者のメリット
- ・正社員のまま仕事を続けられることで、モチベーションが維持できる
- ・賞与や退職金が出るため経済的なゆとりができる
- ・条件に合うアルバイト先を探す手間が省ける
●制度利用者のデメリット
- ・他のスタッフへの配慮による心理的負担
- ・理解が得られない場合の働きにくさ
制度利用者にとっては、「選べる勤務日数・時間」「社会保険加入」「有給あり」「賞与・退職金あり」とメリットばかりに聞こえますが、デメリットとしては、自分だけ仕事を残して帰宅することがかえって心理的な負担になってしまうこともあるようです。
○病棟スタッフ・医療機関側のメリット
- ・年度途中の退職者を減らすことで、欠員のままシフトを回すことがなくなる
- ・新しいスタッフに一から教育するよりも効率が良い
- ・キャリアアップを目指す看護師が増え、看護部全体に活気が生まれる
- ・制度の導入に向けて業務の見直しをすることで、結果的に業務の無駄がなくなる
- ・HPに制度の運用状況を掲載することで、採用応募数が増加する
●病棟スタッフ・医療機関側のデメリット
- ・業務負担が増える
- ・シフト管理の煩雑化
- ・業務改善に伴う交替時間の見直しなど、大がかりな変更を余儀なくされる
- ・同一部署内で多数の制度利用希望者が出た場合の対処法が不明確
看護部の活性化や業務改善のきっかけに繋がるとはいえ、制度を利用していないスタッフにとって、残業時間の増加は一番気がかりな部分です。
制度が軌道に乗るまでは、人事部・看護部を中心とした根気のいる話合いや試験運用期間が必要となります。
制度利用は「不公平」?課題克服へのチェックリスト
うまく機能すれば、看護師の労働環境の改善が期待できそうな多様就業型ワークシェアリング制度ですが、課題もあります。
制度を利用していないスタッフの業務量や残業時間が増加することから、スタッフ間の不公平感をはじめとする様々な課題が浮き彫りになってきます。こうした課題を克服するためには、それぞれの立場からの“ギャップを埋める工夫”が肝心です。
●制度利用者側ができること
- ・責任感を持って仕事をする
- ・なるべく時間内に仕事を終える
- ・ミスや(仕事の)漏れに繋がらないよう、確実に引き継ぐ
- ・スキルアップを目指す看護師が育ちやすい土壌作りに貢献する
●病棟スタッフ・医療機関側ができること
- ・スタッフ全員が当事者意識を持って制度の普及・定着を見守る
- ・時間外勤務を出来る限りなくすよう、業務内容全体を見直す
- ・引き継ぎがスムーズになるシステムを構築するなど、各部署が検討を重ねる
- ・医療機関側は職員へのアンケート調査や意見交換会を積極的に行う
- ・将来のキャリア形成を意識して入職する人が増えるよう、HPなどから情報発信する
制度利用者・病棟スタッフ・医療機関の3者が一体となって、ハード面(業務内容・量、勤務時間、システム)とソフト面(スタッフ間の意識)の両面から課題解決にアプローチすることで、制度の定着がより現実的となります。
制度運用中の病院の現状―就職先・転職先選びに影響も?
2008年に実施された日本看護協会の調査によると、多様就業型ワークシェアリング制度を導入している医療機関は全体の約2割でした。(※3)
ワーク・ライフ バランスや女性のキャリア形成の重要性が叫ばれる中、多様就業型ワークシェアリング制度を導入する病院はさらに増加する見込みがあります。
現状では制度を導入している病院数自体まだまだ多いとは言えませんし、それぞれの病院で制度そのものが完全に定着するまでには、もう少し時間がかかりそうです。また制度の利用条件の面でも、育児・介護に限定的な病院の方が目立つ印象です。
今後さらに多くの病院でこの制度が普及・定着すれば、就職先や転職先を選ぶ際の基準のひとつになるかもしれません。「自分が将来ワークシェアリング制度を利用するとしたら・・・」と想像すると、今の職場での働き方を見つめなおすきっかけにもなりそうです。
(参考)
(※1)~病院勤務女性看護師500人調査~女性看護師のワークシェアリング(短時間勤務)に対する意識調査(2009年4月7日 株式会社 ケアレビュー)
(※2)企業と人のハーモニー 短時間正社員制度導入支援ナビ(株式会社 浜銀総合研究所)
(※3)2008年 病院における看護職員需給状況等調査 結果速報(社団法人 日本看護協会 広報部)
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