日本でわずか31人―チャイルド・ライフ・スペシャリストにインタビュー
「チャイルド・ライフ・スペシャリスト(Child Life Specialist ; CLS)」という仕事をご存知でしょうか。
病院生活における子どもの精神的負担をできるだけ軽減し、子どもが「子どもらしく」過ごせるように支える職業です。
アメリカの医療現場では、CLSが小児医療に介入することで、入院期間の短縮や、鎮痛剤の使用量の抑制という効果も証明され、小児医療に欠かせない存在として位置づけられています。
しかし、資格を取得する難しさや認知度の低さもあり、日本で活動しているCLSは2015年11月現在でわずか31人。仕事の内容やその重要性も、なかなか理解を得られていないのが現実です。
看護師とはまた違う立場で患者を支えるCLSとは、どんな仕事なのでしょうか。
「宮城県立こども病院」にお勤めのCLS、大塚さんにお話を伺いました。
宮城県立こども病院の「こども憲章」前で
チャイルド・ライフ・スペシャリストの仕事とは
宮城県立こども病院は、宮城県仙台市にある小児専門病院。
小児医療に関する高度な専門知識と技術を持ち、重篤な症状の子どもや妊婦さんも受け入れています。
病気と闘う子どもと家族が頼るところは、病院しかありません。
そのため彼らは、常に医師や医療従事者の指示に従う、受け身の立場にあります。
しかし、受け身でいる子どもは生活を自律する意識が薄くなり、やがて「その子らしさ」を失ってしまう恐れがあります。そのような事態を防ぐため、彼らをサポートすることがCLSの仕事です。
大塚さんは仕事について「子どもと家族が大変なことを乗り越えるお手伝い」であるといいます。
宮城県立こども病院内にある「お菓子のエレベーター」。施設には子どもが喜ぶたくさんの仕掛けがある
仕事では、子どもに寄り添うことを第一に
大塚さんの仕事は、朝のカルテチェックから始まります。
担当する患者さんの様子や、検査などの予定を確認するためです。
「例えば今日の午前中は、採血を受ける子どもの付き添いをしました。患者さんが不安そうな顔で『ベッドにごろんする(仰向けに寝る)のはイヤ。座っていたい』と訴えるので、医療スタッフにその希望を伝えて、座って絵本を読みながら採血を受けられるようにサポートしました。その後は、入院中の患者さんお部屋を訪ねたり、『ちょっと外出したい』というお母さんに代わって子どもと遊んだりもしましたね」
CLSは検査の事前説明を行うこともあります。
その際には図や模型を用いて、子どもが理解できるところまで噛み砕いて話します。
これは、検査などの慣れない出来事に対して子どもが対処できるよう、治療の見通しを持たせることが目的です。
子どもが主体的に治療に臨めるように、CLSは環境を整えてサポートにあたります。
多岐に渡るCLSの仕事ですが、中でも子どもが十分に遊べる機会や環境を作ることは大切な業務の一つです。
入院する子どもは、健康な子どもと比べて制約のある生活を送っています。
検査のために体を押さえられたり、絶飲食になったりと、自分の意に反することがどうしても多くなってしまいがち。
これは子どもにとって大変なストレスであり、治療を嫌がる原因にもなります。
そこで入院生活におけるストレスを軽減するため、CLSは「遊び」を非常に大切にしています。
子どもが主役でいられる遊びの時間は、子どもが主体性を保つため、そして日常を取り戻すために欠かせないものなのです。
病気を説明するための道具。手作りならではの温かみが感じられる
仕事のやりがいを感じるのは、子どもと触れ合う何気ない時間
「病院という特殊な環境の中でも、一緒に遊んでいる子どもたちが心から楽しんで笑っているのを見ると嬉しくなります。また、子どもが検査を受けるときに『大塚さんがいるから大丈夫』と笑顔で言ってくれたことがあります。がんばる子どものお手伝いをできているんだと感じられた、印象深い経験です」
特別大きなエピソードはないけれど、普段の関わりの中で「この仕事をやっていてよかった」と感じることは数えきれないほどあるといいます。
「こども病院はCLSの仕事に理解があり、仕事も幅広くやらせていただいています。ただ、同じCLSの立場からアドバイスをもらえないのはつらいところですね」
欧米の病院では、CLSが複数人勤務しているところがほとんど。
しかし日本はCLSが少ないため、大塚さんを含め多くの方が一人で病院に勤めています。
もちろん看護師や他のスタッフからのサポートはありますが、基本的には自分で「これが必要だ」と判断して動くしかありません。
「自分のやり方で子どもたちに関われる」という自由がある一方で、「自分の関わり方は本当に正しいのか?」という壁にぶつかったときの不安は大きいもの。
そんなときに、自分以外のCLSに相談できないという大変さや、仕事の難しさを感じるそうです。
「仕事が似ているので、病院の保育士の方と関わることが多いです」と語る大塚さん。しかし、CLSならではの悩みを抱えることも。
子どもに真実を伝えることは正しいのか?
仕事の難しさについて、大塚さんは思い出深いエピソードがあるといいます。
「こども病院では以前、亡くなった患者さんについて他の子から聞かれた場合に、個人情報保護の観点から『退院したんだよ』と返すことで統一されていました。それは嘘ではないけれど、本当に大切なことは伝えられていないし、子どもたちに対して誠実ではないと感じていました」
事実を知らない子どもたちは、『退院したのにどうして会えないのかな?』とずっと疑問に思いながら過ごします。
あるいは真実を察して、『大人が嘘をついた』と不信感を抱く子もいます。
そして子どもたちは、亡くなった子の話題を避けるようになり、不安や悲しみを心の奥底にしまいこんでしまうのです。
「お別れするのはつらいし寂しい、そんな気持ちを子どもたちと共有したい。それに、楽しい時間もたくさんあったねと、いつでも思い出話ができる環境を作りたい」大塚さんはそう思っていました。
検査の説明に用いる玩具。これはMRIを模したもので、人形遊びをしながら検査について学べる
「子どもに誠実でありたい」という思いから選んだ選択は……
そこである患者さんが亡くなったときに、患者さんのご家族の了承を得て、看護師長をはじめとする病棟スタッフと入院患者さんのご家族に相談を持ちかけました。
そしてご家族の理解が得られた患者さんのみに、本当のことを伝えました。
子どもたちは最初、ショックを受けて固まっていたそうです。
しかし、時間が経つにつれて亡くなった子に向けてお手紙を書いたり、その子と遊んだ思い出を話したりするようになりました。
子どもなりに、心の整理をつけようとしていたのかもしれません。
「病棟のお友達が亡くなったという事実を患者さんに伝えることは初めての経験で、私にとっても大きな決断でした」
このケースは周囲の理解や協力があって順調に行きましたが、いつもこうなるとは限らないといいます。
同じ病気の患者さんが亡くなった場合は、自分の子どもには教えたくないとおっしゃる親御さんもいらっしゃるでしょうし、その気持ちは想像に難くありません。
「子どもが事実を知って、どのように感じたかは分かりませんし、本当によかったのかと悩むときもあります。ただ、CLSとしては子どもたちにいつも誠実でありたいと考えています」
チャイルド・ライフ・スペシャリストになるには
CLSになるためには3つの条件があります。
1つは四年制大学を卒業していること。
次にCLSの資格認定団体であるChild Life Councilが定める教科を履修すること。
それからCLSの指導のもとに480時間以上のインターンを行うこと。
これら3つの条件を満たすとCLSとなり、さらに認定試験に合格すると「認定CLS」の資格を取得できます。
日本で活動するCLSのほとんどは認定CLSです。
しかし現在の日本にはCLSの養成課程がないため、北米の学校に留学するしか道はありません。
もともと留学を志していた大塚さんは、テレビで偶然CLSを知り、その仕事に興味を持ちました。
日本ではまだCLSの資格を持つ人が少ないということを聞き、「せっかくだから留学でしか取れない資格を取ろう」とCLSになることを決意。
そして北米の大学に進学しました。
留学中は北米の2つの施設でインターンシップを受け、その時間は合計約900時間、期間にして半年に及びました。
実習内容は非常に実践的で、学生兼スタッフとして仕事に取り組み、患者を受け持ったこともあったそう。
課題と実習の板挟みで多忙ではあったけれど、とても充実した時間を過ごせたといいます。
「半年もやっていると患者さんや医療スタッフとの関係の作り方も分かってくるし、何が大変なのか、そして仕事にどんな喜びがあるのかというのも分かってくる。どれだけ大変な仕事かを知った上で、『それでもやりたい』と思ってCLSの道を選べたのはよかったな。今でも本当に、そう思います」
こども病院には実習に来る看護学生もいます。
大塚さんが彼女たちと話して思ったのは、「短期間の実習とで進路を決めるのは大変そう」ということ。
確かに看護実習は1年次、2年次と段階を踏んで実施するものが多いため、何カ月もかけてスタッフや患者さんと関係づくりをする機会は少ないかもしれません。
さらに科目ごとのローテーションもあるので、新人看護師になってから進路に悩む方もいるでしょう。
しかし、どちらも患者のケアに携わる職業という点では同じ。
実習期間は目の前の仕事と、そして自分の気持ちと向き合う貴重な時間です。
「この仕事をやりたい」と感じた気持ちを忘れないでいたいですね。
治療を説明するための手作りパンフレット
子どもの発達に合わせて、看護師などとも協力して制作する
看護師の力も、小児医療には欠かせない
最近ではCLSを採用する病院も増えていますが、世間での認知度も低く、病と闘う子どもの数にはまだまだ追いつきません。
CLSが在籍しない病院では、看護師が子どもをサポートする役割を担うことになるでしょう。
「CLSも活動を広げられるようにがんばりますが、もちろん全ての子どもに手が回るわけではありません。小児ケアには看護師さんの力が必要です。子どもと関わる看護師さんは、彼らに誠実に接して『私はあなたの味方だよ』と伝えてほしいなと思います。また、医療の現場でも子どもが子どもらしくいることの大切さや、遊びのもたらす効果についての理解が進んでくれたらと願います。そうしたら、小児医療はもっと明るい方へ進むのではないかなと思います」
こども病院の中庭。開放的で明るい日差しが差し込む
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