ちょっとビビリな災害救助犬Jの捜索訓練|吠えるまでが訓練
災害救助犬&セラピードッグのおさんぽ日記【7】
髙木美佑希(Takaki Miyuki)
日本レスキュー協会・災害救助犬トレーナー
前回はrun away訓練についてご紹介しました。今回は、そのrun away訓練と並行して行っているBOX訓練についてご紹介します。
喜びすぎると暴走する?!
集中力が続かない!
ちょっとビビりなところがある
犬の嗅覚はどれくらい優れているのですか?
「吠える」のも訓練のうち?!
BOX訓練は、大きな箱に隠れている人を見つけ、それを知らせる訓練ですが、目標は隠れている人を見つけるだけではなく、見つけたら吠えられるようになることも含まれています。
JがBOX訓練に挑戦しています。さて、うまく見つけられるかな?
最初、Jはこの訓練が苦手でした。目で人を確認できないため、どうしても自信がなく、それがストレスになってしまい、なかなかBOXの前で吠えられないのです。
そのため、Jにはまず捜すことはせず、フタは開けたままのBOXに人が入り、「そのBOXに入っている人に吠える」という訓練から開始しました。
そして、それができるようになると、次にフタを閉めた状態にして同じことを繰り返します。
こうすることで、Jに「吠えたら、中の人からご褒美をもらえる」と覚えさせていきました。
中に人が入っているのが分かると前足でガリガリしながら吠えます。「ここだよ!ここにいるよ!早く開けてよ!」
JがBOXの前で吠えることができるようになると、次は「捜索」を混ぜていきます。 最初は人が入っているBOXと入っていないBOXの2つを準備します。そしてrun away訓練のときと同じ要領でおもちゃを持ったヘルパーに走ってもらい、どちらかのBOXに入ってもらいます。この時、Jにはヘルパーの走っている姿だけを見せ、どちらの箱に入ったかは分からないようにします。
最初こそ、「あれ? どっち?」とJは悩んでBOXの前をウロウロしますが、「人が入っている箱」つまり、「(中に入っている人から)ご褒美をもらえる箱」を見つけるために、自然と嗅覚を使うようになります。
災害救助犬は、人を捜すときは主に人の息や空気中の汗のにおいを嗅ぎ取っているのです。
嗅覚を使ってどちらのBOXに人が入っているかが分かると、Jは「ねえ、ねえ、早く出てきてご褒美ちょうだい!」と、BOXを前足でガリガリしたり、鼻で押してみたりします。
それでも、BOXが開かないことが分かると、「もう!早く!!」と言わんばかりに、ワンワンと吠えて催促しだします。
そのタイミングでご褒美を与えることで、Jは徐々に、「『サーチ』という号令→捜す→見つける→吠える→ご褒美がもらえる」といった流れを理解していきました。
今では「サーチ」の号令で捜す→見つける→吠えるまでできるようになりました。「ご褒美忘れないでね!」
これができるようになると、箱の数が増えても問題ありません。
後は、離れているハンドラーがBOXに近づいて確認するまで、できるだけ長く吠えられるように訓練を重ねていきます。
3つの課題
run away 訓練やBOX訓練を繰り返しながら、災害救助犬としての道を本格的に歩き始めたJですが、訓練を重ねていくうちに、大きな課題が3つ浮かび上がってきました。
課題その1 喜びすぎると暴走する?!
Jはご褒美をもらうと喜びすぎて、猛スピードで走り出してしまい、なかなかハンドラーの元に帰ってきません。この課題を克服するために、走り回らなくても満足できることを教えていくことにしました。
まず、BOXの中にいたヘルパーがJにご褒美を渡す前にリードを着け、ご褒美をもらった後はそのヘルパーに引っ張りっこをして遊んでもらった後、「すごいね。楽しかったね!」とJを褒めながら一緒に移動するようにしました。
こうすることで、Jは走り回ることなく訓練を終えることができ、無駄な体力も消耗することもないので、次の訓練もスムーズに行えます。
また、テンションが上がり、Jが走り回っているときでも、ちゃんとこちらの指示を聞けるようにしなければならないため、同時に服従訓練も強化しました。
災害現場では、いつ笛が鳴り避難指示が出るか分からない中で捜索を行います。そのような中でJの命を守るためにも、必ずクリアしておかなければならないことでした。
課題その2 集中力が続かない!
Jは、捜索時に集中力を長く保つことができず、少し難しい訓練だとすぐに集中力を切らしてしまいます。
犬は集中が切れると、捜索ではなく違うことをし始めてしまうのですが、Jの場合は、マーキングがよく見られました。そのため、とにかくJのレベルを把握し、慎重に訓練内容を計画することを心がけました。
Jの場合、集中力が切れるとマーキングをしだします。「なんだかちょっと飽きちゃったかも~」
人と同じで、犬にもコンディションがあります。昨日できたことが今日はできないこともあるのです。特に、訓練中の犬にはそういったことはよくあるため、とにかく「今」のJにとって「ちょっと頑張ればできること」を訓練するようにしました。これは、今も一番気を付けていることです。
課題その3 ちょっとビビりだったりする
Jは、風船が割れるような大きな破裂音が苦手です。
当協会は施設が空港の側にあるため、ある程度の騒音には慣れているのですが、風船が割れるときのような「パン!」という破裂音をひどく怖がることがあるのです。
破裂音が苦手なJですが、高いところなんかはへっちゃらです。「ぼくはヘタレじゃないよ―!」
こういった音に慣れるように、トレーニングすることも可能ですが、信頼関係を築けているペアであれば、犬は「この人と一緒なら大丈夫」と安心し、それほど怖がることはありません。そして、災害救助犬として現場でハンドラーと一緒に活動する犬にとって、この気持ちはとても大切なものです。
私とJは、そんな固い信頼関係を築くことを目指し、今もその課題克服にむけて継続中です。
犬の嗅覚はどれくらい優れているの?
犬の嗅覚が優れていることはご存じの方も多いでしょう。災害救助犬や警察犬、麻薬探知犬など多くの使役犬がその嗅覚を使用し、社会で活躍しています。
そもそも、人と犬とでは鼻の構造が大きく違います。
においを嗅ぐ能力は、鼻の中(鼻腔内)の嗅粘膜の広さと嗅粘膜上の嗅細胞の数によって決まります。
犬の嗅粘膜はヒダが多いために表面積がとても広く、人間の10~50倍といわれ、また、嗅細胞の数も、人が約 500万個なのに対し、犬では約2億個と推測されています(1)。
また、フェロモンを感じ取る器官も発達しています。
犬の鼻は湿っており、そのため風向きを感知しにおいのする方向を定めることができます。臭気によっては、人の1億倍まで感知できると言われています(2)。
【参考】
(1)犬の不思議サイエンス:犬の優れた嗅覚の秘密とは?
(2)林 良博監.イラストで見る犬学.東京,講談社.2000,128p.
【髙木美佑希 たかき・みゆき】
認定NPO法人日本レスキュー協会所属、災害救助犬トレーナー。
大学生時代、災害救助犬に興味を持った。ネット上だけではなく、実際に働いている人と話したり、「現実」をきちんと知りたいと思ったことがきっかけで2014年4月、日本レスキュー協会へ入職。
災害救助犬訓練士を目指し、現在に至る。
災害救助犬(レスキュードッグ)の育成・派遣を中心に世界規模で活動するNGO団体。国際救助機関として、災害時には国内外問わず、広く活動している。
また、災害救助活動のほか、セラピードッグの育成・派遣や捨て犬・捨て猫の保護など動物福祉・愛護活動も行っている。
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