胃癌
『ナスさんが教える! ぴんとくる消化器外科看護』より転載。
今回は胃癌について解説します。
著者/ぷろぺら(看護師)
医学監修/平野龍亮
相澤病院外科センター乳腺・甲状腺外科
日本外科学会専門医・日本乳癌学会乳腺認定医・臨床研修指導医
胃癌とは?
原因
・多くの場合、胃酸やピロリ菌の感染などによって細胞に傷がつき、治るというプロセスをくり返すうちに、細胞の遺伝子にエラーが起こり、癌になるとされています。
症状
・早期では自覚症状はほとんどありません。
・進行すると、胃の痛みや不快感、悪心や食欲不振などの症状が出ます。
・胃からの出血による貧血やタール便がみられることもあります。
治療
・ごく早期で粘膜に限定している癌であれば、内視鏡下の切除のみで治療できますが、それ以上に進行しているものは、一般的には手術を行い、進行の度合いによっては薬物療法を行います。
・手術の目的は治癒だけでなく、進行癌では出血や消化管の狭窄などの症状を緩和するために行うこともあります。
・手術では、周囲のリンパ節の郭清も同時に行われます。
胃の手術は難しい?
胃の周囲には4本の大きな血管やリンパ節が多数点在しています。外科医はこの血管やリンパ節をどこまで切るかを考えながら、胃をどの範囲まで切るのか、再建はどのように行うのかを慎重に選択していきます。また、また胃の裏には膵臓もあります。そのため、腸などの手術に比べるとより立体的に全体をとらえねばならないのです。
胃の手術を任せられるようになったら外科医として一人前だね!
目次に戻る
胃癌の術式
胃癌で用いられる術式について説明します。
胃癌の切除術は、 主に噴門側切除、幽門側切除、全摘出の3種類、さらに切除した胃の再建術も主にビルロートⅠ法、ビルロートⅡ法、ルーワイ法の3種類です。
ナスさんも外科に来たばかりのころは術式の違いがよくわからなかったのです…
ナスさんも覚えるの大変だったって言ってましたけど、どうして胃の術式は沢山あるんでしょう?
胃は袋状の臓器だから、切除した後は太さの違うところをつながなきゃならないよね。だから、どこを切除したかによって術式を変えなければならないんだ!
胃の切除術
癌ができている場所によって、噴門側切除、幽門側切除、全摘出の3種類の切除術があるね(図1)。
まずは全摘術と幽門側の切除術を理解しておきましょう!胃癌は、噴門側より幽門側にできることが圧倒的に多いからです。
「原因」で胃酸は癌を引き起こす要因のひとつと説明しましたね。しかし、噴門や胃底部は胃酸にさらされる機会が少ないのです。なお、仮に噴門側に癌が見つかった場合は、ごく早期でなければ全摘術が選択されることが多いです。
噴門側の部分切除は百戦錬磨のナスさんでも数年に一度出会うかどうかの超レアケース。
胃の再建術
胃の再建術は、大きく3種類に分けられます。
外科医は切除の場所や胃や十二指腸をどのくらい残せるかなどによって、術式を決めています。それぞれにメリット・デメリットはありますが、古い術式のデメリットを克服するために新しい術式が開発されてきました。
つまり…
_人人人人人人人人人人_
> 術式に歴史あり! <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
なのです。
ちなみに、胃や小腸は血流がとってもよく、本来ならば「ほとんどない」ってくらいに縫合不全が非常に起こりにくい臓器とされています。
だから、普通に縫っても全然大丈夫なんだけど…
再建術みたいにテンションがかかるものは縫合不全が多いんだよね~
❶ビルロートⅠ法(図2)
すべての術式のなかで一番生理的。
でも、残胃の大きさによっては縫合不全が多いことが問題だったんだよ。
オーストリアのビルロートさんが最初に編み出した術式で、残胃と十二指腸をそのままつなぎます。胃と十二指腸をある程度残せるときに選択されます。
メリット
・食物の流れが最も生理的
・術後、胆道系にトラブルがあっても内視鏡的処置が行いやすい
デメリット
・縫合不全は多い
・十二指腸液の逆流による食道炎や残胃炎が起こりやすい
十二指腸液が逆流すると…
胆汁や膵液を含む十二指腸液が胃内に逆流すると、ガストリン(胃酸分泌を促すホルモン)の働きにより、胃酸分泌量が増加し、食道炎や残胃炎が起こりやすくなる。
術後は胸やけの有無、 食事摂取量、 食欲を確認する必要がある!
❷ビルロートⅡ法(図3)
なので、十二指腸液の逆流や輸入脚症候群を防ぐためにブラウン吻合という方法が編み出されたんだよ(図4)。
ビルロートⅠ法の欠点を補うために開発されましたが、最近ではあまり行われなくなっています。
メリット
・残胃や十二指腸の長さに依存しない
・縫合部にテンションがかかりにくくなるので、縫合不全のリスクが少ない
・ブラウン吻合すれば十二指腸液の逆流は起こりにくい
デメリット
・輸入脚症候群のリスクがある
❸ルーワイ法(図5)
ビルロートⅠ法、ビルロートⅡ法のデメリットを補うため、スイスのルーさんが開発した術式です。全摘術をしたときのほか、幽門側切除であまり胃を大きく残せないときに用いられる再建方法です。腹腔鏡下手術ではよく行われます。
複数の箇所を縫合しなくちゃいけないので、昔はそこそこ難易度の高い手技だったんだけど、今は自動吻合機があるからね~
メリット
・縫合部にテンションがかかりにくくなるので、縫合不全のリスクが少ない
・十二指腸液の逆流が少ない
デメリット
・術後、胆道系にトラブルが生じた場合、内視鏡的処置を行うのが非常に困難
・挙上した空腸が作った穴に小腸が嵌り込むPetersenヘルニア(絞扼性腸閉塞)がまれに起こることがある
…と、こんな感じで、外科医はどこを切除するのかなどを考えながら、胃切除術と胃再建術を組み合わせて、術式を決めているんだよ!
患者さんがどんな手術をしたか、それを理解していれば、術後どういうことに注意すればいいのかポイントが絞れてくるね!
目次に戻る
注意が必要な術後合併症と術後ケアのPOINT
術直後は発熱や生理的でない疼痛、血液検査の結果、ドレーン排液の性状などに注意が必要です。術後、食事が始まってからは、食事摂取量や腹部状態の観察が合併症の早期発見のポイントです!
それぞれの合併症については該当記事をチェック!
膵液漏
胃のすぐ後ろには膵臓があります。胃のリンパ節郭清時、膵臓と頭側で接しているリンパ節も郭清するのですが、リンパ節が含まれている内臓脂肪の塊と膵臓とは見た目がそっくり!なので、術中、リンパ節郭清などの際に傷つけられてしまうことがあります。
また、進行癌では膵臓へ癌が浸潤したり、癒着していることがあり、手術でそれを剥がすときに膵臓が傷つけられてしまうこともあります。すると、膵液が漏れ出してしまうことがあります。
膵液は周囲の組織や膵臓そのものまで溶かしてしまうロックな性格なので、まれですが、近くの動脈を溶かして大出血を起こすおそれもあるのです!!
膵液漏に注意!
観察項目などくわしくは膵癌のページを見てね!
ダンピング症候群
「ダンピング」とは「ダンプカーが積んだ荷物などを一気にどさっと落とす」という意味です。
いままで胃で貯留され、少しずつ十二指腸に流れ込んでいた食物が、胃切除・再建術によって貯留が困難になった胃から、十二指腸~小腸に急速に食物が流れ込むことで起こります。
食事指導が大切なのです!
❶ダンピング症候群の症状・機序
ダンピング症候群は、発症のタイミングによって早期と晩期に分類されており、さまざまな症状が起こります(表1)。
❷胃切除後の食事指導
胃切除術後(とくに全摘後)は胃の「食べ物を貯留し、ゆっくりと下へ流す機能」が低くなるため、その機能を食事習慣で補えるよう、食事指導が必要になります。
ダンピング症候群予防のためにも術後の食事についてきちんと理解してもらえるようにしようね!
基本は「少しずつを複数回に分けて食べる」こと!
食事は1日3回、朝・昼・夕と食べる人が多いと思います。ところが、胃の貯留機能が低下している状態ではまずたくさんの食物を貯留することができません。
また、ゆっくりと下へ流す機能も低下しているので、たくさん食べると一気に大量の食物が十二指腸へ流れ込んでしまいます。
そうすると起こるのがダンピング症候群ですね!
なので、「一度にたくさん食べない」「少量ずつを分けて食べる」ということを基本に指導してください。ですが、食べることをくり返していると、胃のない状態に体が慣れてきます。それに、毎日の生活のなかでだらだら食べ続けるというのも難しいですよね。
そこで術前の食事の様子などを聞いて、可能な範囲でできる限り生活に寄り添った指導をしていくようにしましょう。
たとえば・・・
こういう患者さんがいるとするね。
術前の食事
1日3食。外食が月に5~10回程度
朝 食
ご飯、汁物、魚や卵など、前日の残りの煮物や野菜
昼 食
弁当(ときどきそばやラーメンなどの外食)
夕 食
ご飯、汁物、ハンバーグなどの肉類や揚げ物、サラダ、漬物など
(ときどき外食)
この患者さんの場合、術後の食事はこんな感じになります。
術後の食事
朝 食
ご飯(小盛)、野菜小鉢、魚や卵(半人前)
10:00
おにぎり(小)や小さい菓子パンなど
昼 食
おにぎり(小)、ゆで野菜、ウインナーなど(少しずつ)
15:00
おにぎり(小)や小さい菓子パンなど
夕 食
ご飯(小盛)、おかず(半人前程度)
やむをえず外食なら、うどんなど消化のよいもの(半人前程度)
21:00
お菓子や果物など
できるだけ術前の生活リズムに寄り添った具体的な案を提示してあげることが、術後に変化する生活への不安を軽減することにつながります。また、性別や年齢、仕事内容やふだんの生活の様子などによって、その人に必要な1日のカロリーは変わってきます。
ここは管理栄養士さんの出番!いろいろ教えてもらって、一緒に考えましょう。
術後の食事量は本当に個人差が大きくて、全摘したのに術前とほどんど変わらずに食べられる人もいれば、胃を残したのにほとんど食べられなくなる人もいるんだ。
僕は患者さんに、「若いころにお酒を覚えたように、ちょっとした失敗をくり返しながら自分の適切な量とスピードを知ってください」と伝えることがあるよ。
まずはおっかなびっくり始めて、徐々に自分の体と相談しながら増やしていく感じかな。
あとは、トライアンドエラーだけど、事前に起こりうる症状などをきちんと理解してもらえていれば、少しくらい失敗しても「これがあの症状か!」と思ってもらえて、患者さんの不安は少なくなるよね。
患者さんの不安が少なくなるよう、いろいろ考えてあげるというのが大事だね。
そして、大切なのが「誰が食事を作るのか」ということ。ご家族からも理解と協力を得ることが、とても大切になってくるよ!
だから術前の食事についての情報収集は大切なんですね。
医師、看護師、管理栄養士、そしてご家族。全員が協力しなきゃできないことですね!
初期の段階で理解を得ることはとても大切なんだ。せっかく手術しても術後うまくいかなかったら僕たち医師も悲しいからね。
看護師さんたちのことは信頼しているからね!
はい。頑張ります!
目次に戻る
【著者プロフィール】
ぷろぺら(@puropera44)
看護師。これまでに慢性期病棟、クリニック、消化器外科、HCU、救急病棟、泌尿器科、腎臓内科などを経験。
看護roo!では『マンガ・ぴんとこなーす』を連載中。
【2021/11/15発売!】
『ナスさんが答える!ぴんとくるお悩み相談室』
「先輩に叱られるのがつらい」「丁寧すぎて注意された」「リーダー業務のコツを知りたい」「やる気のない自分に自己嫌悪」…。
看護師がぶち当たるいろんなお悩みに、現役看護師が全力で答えます!
読むと「明日からもがんばろう!」って気持ちになれるかも。
本連載は株式会社南山堂の提供により掲載しています。
[出典] 『ナスさんが教える! ぴんとくる消化器外科看護』 著者・ぷろぺら/医学監修・平野龍亮/2020年3月刊行/ 南山堂