脳神経疾患の全体像

『本当に大切なことが1冊でわかる脳神経』(照林社)より転載、Web掲載にあたり一部改変。
内容は書籍刊行当時のもの。
今回は脳神経疾患の特徴について解説します。

 

奈良枝実
元東海大学医学部付属八王子病院看護部
難波 優
東海大学医学部付属八王子病院看護部

 

脳神経疾患の初期対応は時間との戦い

脳神経領域の疾患は、疾患の麻痺や意識障害などの出現、外傷により救急搬送されるケースが多くあります(図1)。脳卒中や頭部外傷のように緊急で治療を行わなければならない疾患もあり、迅速な初期対応・検査が重要となります。

 

図1脳神経疾患の検査・初期治療のイメージ

図1:脳神経疾患の検査・初期治療のイメージ

★1 脳出血
★2 クモ膜下出血
★3 開頭術
★4 脳血管内治療
★5 脳梗塞
★6 脳腫瘍

 

 

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術後急性期は全身管理が重要

全身管理は看護の基本です。手術後は特に意識レベルの変化神経学的所見の観察、バイタルサイン血圧脈拍呼吸体温)の観察とフィジカルアセスメントを行い、異常の早期発見が必要になります(図2)。

 

術後に集中治療を必要とする患者さんは、意識状態や全身状態が悪く、重篤な合併症を引き起こす可能性があります。脳神経領域で注意したいバイタルサインの観察や術後ドレーン管理について理解し、アセスメントを行うことが重要です。

 

図2脳神経疾患の術後管理のイメージ

図2:脳神経疾患の術後管理のイメージ

 

意識レベル

意識レベルの変化は、術後出血や脳浮腫などで頭蓋内圧が亢進した場合や、脳梗塞を発症した場合に生じます(図3)。全身麻酔の影響や、術前の意識レベルとの変化を判断することが難しい場合もありますが、些細な変化に気づくことが大切です。

 

意識レベルの評価にはジャパン・コーマ・スケール(JCS)とグラスゴー・コーマ・スケール
(GCS)
が使用されています。

 

図3意識レベルの確認

図3:意識レベルの確認

瞳孔所見

術後の瞳孔不同対光反射の消失は、意識レベルの低下と同様、術後出血や脳浮腫による頭蓋内圧亢進など患者さんが重篤な状態に陥っていることを示しています。瞳孔の大きさや左右対称、対光反射の有無を観察し、術前との変化がないかを確認します(図4)。

 

図4瞳孔の確認

図4:動向の確認

 

麻痺

意識レベルの変化や瞳孔所見とともに、麻痺の観察が必要です。麻痺の評価には、徒手筋力検査(MMT)が用いられます。定期的に動作の確認を行うとともに、ケアや処置時にも些細な動きの変化に気づくことが大切です。

 

血圧

脳には脳血流自動調節機能があり、日常の血圧変動に対しても一定の血流量を保つはたらきがあります。寝ているときも起きているときも、血流量は同じということです。しかし、血管が破綻すると自動調節機能が機能しなくなり、脳血流量は血圧変動に影響を受けるようになります。

 

血圧が高いときには降圧が重要ですが、治療に応じた血圧管理が必要です。急激に血圧を下げすぎて虚血に陥り、健常な脳血管の血流を低下させ、脳梗塞を併発することもあります。

 

開頭手術後6時間は、最も出血しやすいといわれており、特に注意が必要です。血圧上昇因子には、疼痛、苦痛、刺激、体動、発熱などが挙げられ、降圧薬の投与のほかに血圧上昇因子の排除が必要です。

 

急激な血圧上昇とともに徐脈を認めた際は(クッシング現象)、頭蓋内圧が上昇しているサインのため、意識状態や眼症状、麻痺などの観察が必要です。また、頭蓋内圧を下げるために高浸透圧利尿薬の投与が必要になるため、医師への早期報告が必要です。

 

体温

体温は、脳幹の視床下部にある体温調整中枢で調整されているため、その部位が障害されることで中枢性発熱がみられます。中枢性発熱では高熱が出現しますが、解熱薬にも抵抗を示し効果はなく、体幹のクーリングで対処します。

 

体温が上昇すると酸素消費量が増え、脳血流量が増加することで脳浮腫を引き起こすため、体温が上昇しないよう対処することが大切です。

 

memo:中枢性発熱の特徴

四肢は冷感があり、体幹部や頸部、顔面が赤くほてったように見える。

 

ドレーン・チューブ類

脳神経外科手術後に留置するドレーンは、いずれも閉鎖式ドレーンであり、感染の危険性は低いですが、回路をオープンにする際の清潔操作には注意が必要です。

 

ドレーン観察時は、閉塞の有無や排液の量と性状、挿入部位のズレの確認を行います。

 

意識障害の患者さんや鎮静されている患者さんが多いため、留置したドレーンを自己・事故抜去しないよう固定を行うなど、注意が必要です。

 

経口摂取が困難な場合は、経鼻胃管や輸液ルートが留置されます。

 

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急性期から回復期まで継続看護が必要

脳梗塞や脳出血、クモ膜下出血などの脳血管疾患は突然発症することが多く、超急性期には生命の危機にかかわる状況に陥る場合があります。

 

生命の危機は回避できたとしても、意識障害や運動障害、嚥下障害や言語障害など、後遺症としてさまざまな機能障害が残る場合があります。

 

それまで健康に生活していた人がある日突然障害者となり、ボディイメージの変化だけではなく、生活の変化や社会的存在の変化、アイデンティティの変化を迫られるのです。さらに患者さん・家族は、急性期を脱した後には回復期のリハビリテーション、療養の場の決定など、次々に新たな課題に対応しなければなりません。

 

人生の中途で負った突然の障害に対して患者さんが受け入れていく過程(障害受容過程)として、さまざまな障害受容モデルが提唱されています。看護師は、患者さん・家族が「いまどの過程の心理状態にあるのか」「どのような援助を求めているのか」を理解し、患者さん・家族それぞれに必要なサポートをタイムリーに行うことが期待されます。

 

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疾病・障害の受容を支援する

障害の受容過程

障害受容とは、障害をもった自分自身や社会の状況に対する認知的態度感情的態度行動的態度が、それぞれ望ましい方向にあり、障害をもった自分自身の状況を正しく認識し、自己を肯定する感情をもち、訓練に励むなど前向きな行動をとろうとすることです(図5)。

 

障害は自分のほんの一部であり、存在価値は損なわれていないと心から納得できることが障害の受容です。しかし、一足飛びに障害を受容できるものではなく、段階をたどり、時間をかけて受容に至ります。

 

図5障害受容理論

図5:障害受容理論

 

ショック期の特徴

脳神経疾患をもつ患者さんは、意識障害や言語障害などにより自身の障害認識が不十分です。そのため、従来の段階的な障害受容論とは異なり、受容過程の始まりとするショック期(落ち込み期)の出現時期に違いが生じるといわれています(表1)。

 

表1脳神経疾患患者のショック期の出現時期

表1:脳神経疾患患者のショック期の出現時期

 

ショック期が出現する時期は患者さんによって違いがありますが、いずれにしても必ず機能障害を認識し落ち込む時期があり、そこから障害受容に向けての長い受容過程をたどります。

 

memo:脳神経疾患とうつ

脳神経疾患の患者さんがうつを発症する頻度は低くない。うつはリハビリテーションの阻害因子となり、ADLの獲得や認知機能の改善を遅らせる。落ち込み期は必要な過程で、予防しようとするのではなく、早期発見を行い必要なケアや精神科の介入、内服調整などの専門的治療へつなげる。

 

障害受容の理解

障害の受容過程がすべての患者さんに当てはまるわけではなく、障害やその程度を認識するまでにかかる時間は患者さんによってさまざまです。しばしば前の段階に戻り、再び立ち直るという揺れ戻しを繰り返しながら、受容に向かって進んでいきます。

 

これらの疾病・障害の受容過程を理解することは、その時期に応じて適切なサポートを行ううえで大切です。各段階により、患者さんの心理状態や表現する言葉や態度は変化していきますが、どの段階においても、身体、心理、社会面を総合的に情報収集し、患者さんが置かれた状況や障害受容の時期を判断することが重要です。

 

脳神経疾患の患者さんは1人で歩いて転倒したり、排泄に失敗してしまう場面がみられます。発症前までは、自分で歩き、仕事や趣味をするなど健康的な日常生活を送っていたため、看護師が「麻痺があるから1人で歩行はできない」「排泄や清潔動作も手伝いが必要になる」と説明しても、理解し、納得することが難しいのです。

 

障害受容の支援

患者さんが自分の障害を受容するためには、説明だけでは不十分です。実際にやってみることで、「まだ1人では難しかった」「自分が思っていたよりも動けなかった」と自分の障害の程度や能力を確かめることができます。そのため、看護師はできないことを説明し患者さんを行動させないのではなく、患者さんの積極的な行動を見守りながら行動を援助し、患者さんの障害認識を助けるケアを行います(図6)。

 

患者さんがショック期から否認期、混乱期を経る過程では、患者さんを温かく見守りながら、患者さんの訴えを傾聴し肯定的にかかわります。つらさの共有を行うことで、少しずつ受容過程に向かえるような心理的サポートも必要です

 

図6障害の受容過程と看護のポイント

図6:障害の受容過程と看護のポイント

 

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ライフステージの特徴、価値観を理解する

脳血管疾患は50歳代から発症の割合が高まり、75~80歳未満が多くの割合を占めるため、中年期から高齢期に発症しやすい疾患です。

 

ライフステージとは

人が生まれてから成長し、やがて老化し死に至るまでの一貫した時間的流れに伴う変化を段階的に区切ったものを、ライフステージといいます。乳幼児期、学童期、思春期、青年~中年期、中年~初老期、高齢期といくつかに分けられています。

 

各ライフステージにはそれぞれの役割や特徴があります。その人のたどってきたライフプロセスを大切にし、個別性を重視してかかわることが重要であり、ライフステージに合わせた心理状況の理解が必要となります。

 

中年期の場合

脳血管疾患の発症が高まる中年期は、生産年齢であり、職場あるいは家庭の変化、病気など、さまざまな変化がきっかけとなって生活構造が変わる時期です。その時期に突然発症し、意識障害やさまざまな機能障害により仕事や家事が担えなくなることで、社会的役割の変化家庭内役割の交替により患者さん・家族ともに激しい混乱や不安、恐怖、悲嘆などの感情を抱きます。

 

「家族に迷惑をかける」「子どもがまだ小さいため経済的な不安がある」「早期に復職したい」など、これまでの生活スタイルが変わることで家族全体の生活スタイルが変わることに対して大きな不安・ストレスを感じます。

 

看護師はそのような患者さん・家族の価値観を理解し、思いに寄り添い、必要時はMSWなどの他職種と連携を取ることで不安やニーズに対する支援を行います。

 

高齢期の場合

高齢期では、退職や子どもの独立などにより生活は大きく変わります。それぞれに長い生活史をもち、これまでの自分の生涯のすべてを受け入れる時期です。また、多少の病気や障害を抱えながらも自立した生活を送ることで生きがいをもって過ごす時期でもあります。

 

この時期に脳神経疾患を発症し、他者の援助を必要とする生活に移行しなければならなくなると、自己概念の動揺自尊感情の低下が生じ、生きがいの喪失につながります。

 

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不安を抱えた家族を支援する

脳血管疾患の発症により、意識障害や麻痺などが出現し命の危機にさらされている患者さんを目の当たりにした家族が受ける衝撃は大きいです。「助かるのだろうか」「いまどのような状態なのか」「今後どのような治療をするのだろうか」と不安が強く、精神的にも不安定な状態になります。

 

情報を伝えることが大事

病院に搬送された後、患者さんはさまざまな検査や治療・処置が優先的に行われ、家族への説明は後回しになりがちです。待っている間に家族は多くの思いを巡らせていることを忘れてはいけません。どんな検査や処置がなされていて、どのくらいの時間がかかるのかなどの情報を伝えるだけでも家族の不安は軽減されます。

 

急性期は、家族の心理的状況は危機的な状態から心理的安定性が損なわれていることが多く、状況理解力が低下していることが考えられ、冷静に説明が聞けないこともあります。看護師は、説明した内容を家族が理解しているのか確認し、わかりやすい言葉で補足説明を行うことも必要です(図7)。

 

図7情報提供のポイント

図7:情報提供のポイント

看護師は、家族を導くものだと考えがちですが、患者さんの家族の思いを尊重し、その思いに寄り添うことが大切です。ありのままの家族を受け入れ、それぞれの家族に合わせて援助を行いましょう

 

急性期を脱した後は、脳血管疾患の後遺症として人格の変化や高次脳機能障害などの残存により家族の悲嘆は大きく、患者さんが障害を受け入れにくいのと同様に、家族も障害を簡単には受け入れることができません。

 

毎日面会に来ていた家族が週に数回しか来なくなったり、面会時の表情が暗く、不安な様子を見せる家族もいます。また、「リハビリテーションによって機能障害がもっとよくなるに違いない」「もっとよくなってほしい」と希望を抱き、現状認識ができない場合もあります。看護師は、このような家族の反応や変化に寄り添い、温かい見守りや励ましを行いながら、少しずつ現状を直視し理解できるよう、説明を行う必要があります。

 

memo:高次脳機能障害

失語、失行、注意障害、記憶障害、見当識障害など。

 

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本連載は株式会社照林社の提供により掲載しています。

 

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[出典] 『本当に大切なことが1冊でわかる 脳神経』 編集/東海大学医学部付属八王子病院看護部/2020年4月刊行/ 照林社

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