退院支援が事例でわかる【5】|対立する妻と娘。看護師だから言えたこと
患者さんの妻と娘の話し合いが進まないとき、あなたならどう支援しますか?
(前回までのお話はこちら)
後藤さん(仮名)のケースでは、妻と娘の意見が対立しており、現在入院中の後藤さんの退院支援を進められそうにありませんでした。
(詳細は第4回「妻と娘の意見が対立している後藤さんのケース」)。
妻と娘の意見対立だけでなく、“妻と娘がバラバラにお見舞いに来ていること”も気になった退院調整看護師の私。
その理由を探っていくと…。
【ライター:岩本まこ(看護師)】
退院支援が事例でわかる
Vol.5 対立する妻と娘。看護師だから言えたこと
後藤寛さん(仮名)は70代の男性。
現在は、2回目の脳梗塞発症後。
リハビリテーション目的で当院に入院しています。
後藤さん自身は、自宅に帰りたいという明確な意思を持っていましたが、それを支持する娘と「家では看れない」と訴える妻とで、意見が対立していました。
妻と娘は、意見が対立しているだけでなく、一緒にお見舞いに来ることもありませんでした。
「これは何かある」と感じた私は、後藤さんの初回脳梗塞後、在宅療養を支えていたケアマネジャーに連絡。当時の様子を伺いました。
ケアマネジャーから聞いた話はこのようなものでした。
・初回脳梗塞後、後藤さんの性格が強く出ており、事あるごとに妻を責めるようになった。
・後藤さんが妻に手をあげる現場は、ケアマネジャーが目撃していた。
・後藤さんは娘を溺愛しており、娘は後藤さんの肩を持つ傾向があった。
・娘は責めるような強い口調で、妻(母親)に接することがあった。
ケアマネジャーから話を聞いて、私が一番驚いたのは、娘が妻を責める様子があったということです。
妻と娘が一緒にお見舞いに来ない原因もここにあると考えた私は、まずは、もう一度妻に話を聴くことにしました。
妻と娘が一緒にお見舞いに来られない理由
電話口で妻は、「娘に強い口調で責められる」ことに悲しみと恐怖を感じていると、泣きながら話してくれました。
後藤さんが自分(妻)に手をあげることを、娘に伝えても「お母さんがカラオケに行って遊んでるからだよ」と強い口調で言われたとのこと。
後藤さんの今後について電話で相談したくても、娘は自分の考えを一方的に伝えて、電話を切ってしまうそうです。
妻は「娘が自分の話を聞いてくれないこと」につらさを感じていました。
一方的に娘の意見を伝えられることで、「娘が自分(妻)の状況や感情を否定している」という心理的負担を抱いていたようです。
妻が娘と一緒にお見舞いに来られない原因もここにあるようです。
後藤さん自身は自宅退院が可能。でも…
私は、妻と電話で話す機会を設けたのと同時に、後藤さんの状況についても整理を進めました。
理学療法士や、主治医に病状を聞くと「後藤さんは自宅退院も施設転院もできる状態」とのことでした。
これらの要素をどう終着させればいいのか悩みながら、私は、妻と娘を呼び、2人が話し合う機会をつくることにしました。
家族面談の当日、妻から電話で…
家族面談の当日、妻から電話がかかってきました。
妻は泣きながら、
「私の気持ちは、家は無理ということです。娘とも話したけど、娘はいつも一方的で私のことは考えてくれていない。夫も同じ。湿しんが出て病院に行ったらストレスだって言われて…」
と、体調不良のため出席できないと訴えるのです。
このような状況から、たとえ娘が週2~3日手伝えたとしても、それ以外の時間は妻が後藤さんを介護することを考えると、もし自宅退院にした場合、妻の心と身体が崩れてしまうと考えました。
ベテラン看護師に求めたヘルプ
施設への転院について、娘に具体的に話さなければと考えた私は、佐々木課長に面談に入ってもらうよう依頼しました。
佐々木課長は、50代前半のベテラン看護師。
当院から転院する後方支援の施設について詳しく、現在退院調整室で共に働く仲間です。
佐々木課長を含め、私、娘の3人で面談をすることになりました。
3人で始まった面談
話し合いが始まるとすぐに、娘が凛とした表情で
「私は、父を自宅へ退院させたいという気持ちに変わりはありません!」
と言いました。
私は、家は無理だと心の中では思いながらも、
「今の後藤さんとお母様の様子を見ていると、お母様が自宅で後藤さんを介護するには負担が大きいと思います。自宅も候補として考えつつ施設を検討してみませんか?」
と遠まわしに伝えました。
でも、娘は耳を傾けることなく、在宅療養の際に入れたいサービスなど、退院後の生活について話を進めようとします。
私と娘の話し合いが平行線のまましばらくすると、佐々木課長が口を開きました。
「厳しいかもしれないけれど、今日ここに来られないお母さんのことを考えると、自宅は無理です」
佐々木課長のきっぱりとした口調に、娘だけでなく私もとても驚きました。
「後藤さんの希望を叶えることも大事です。でも、話を聞いていると今はお母さんを守らなければいけないと思います。施設に入所したからといって一生施設で過ごすというわけではないんです。外泊したり、状況次第では退所して自宅で暮らすこともできます。それに、お母さんと娘さんが対立している状況は後藤さんが望むことなんでしょうか?後藤さんが過ごしやすい施設を一緒に探しませんか?」
娘の反応
娘は、最初は驚いた様子でしたが「外泊できるんですか?」「ずっと施設に行ったきりではないんですね?」などと、佐々木課長の発言に対して確認を行っていました。
また、娘が一番驚いていたのは「施設は、病院の退院調整看護師が一緒に探すことができる」ということでした。私や、佐々木課長がバックアップすると聞いて安心していました。
最後は、「そうですね。施設退院の方向でよろしくお願いします」と言い、お互いに頭を下げて話し合いが終わりました。
張り詰めた空気が変わり、娘もどことなく穏やかな表情になったのです。
佐々木課長との振り返り
今回は、退院調整看護師として自分の未熟さを感じたケースでした。
家族の希望を叶えることも大切ですが、家族背景をアセスメントし根拠をもったうえで、ハッキリ「無理」だと伝えることも必要なのだと学びました。
家族面談のあと、佐々木課長と振り返りを行いました。
課長は「せっかくうまく進めてくれてたのに、割り込むように話切っちゃってごめんね…」とフォローしてくれつつ、「今回は今がタイミングだ、と思ったのであえてハッキリと伝えた」と教えてくれました。
娘は、本当は妻のことも大事に思っているはずだと考え、妻の置かれている状況を客観的に伝えることが必要だと考えたそうです。
退院調整や家族面談には正解がないということ、今回は自分のやり方がうまくいったけど、いつでも客観的に伝えさえすればうまくいくわけでもないこと、など退院調整についての佐々木課長の考えを聞くことができました。
私と佐々木課長、共通の考えは「発言力のある人に肩入れしないように気をつけている」ということ。
今回、娘の強固な意見に肩入れせず、ケアマネジャーらと連携をとり、妻の状況を事前に聴取できていたことは「グッジョブだったよ!」とコメントをもらいました。
後藤さん家族のその後
自宅へ帰るためにリハビリを頑張っていた後藤さん。なかなか「施設へ転院」を受け入れられないものの、娘と話し合いをする過程で少しずつ納得していきました。
亀裂の入っていた妻と娘の関係性ですが、少しずつ距離が縮まってきたようです。
妻にとっては、娘が自分の意見や気持ちに耳を傾けてくれたことが、どんなに救いになったことでしょう。
一緒にお見舞いに来る姿もみられ、「今から娘と食事でもして帰ります」と笑顔の妻が印象的でした。
その後、佐々木課長が推薦した施設に、妻と娘が一緒に見学に行き「あそこはお父さんが気に入りそうだ」「あそこなら私も通いやすい」などと意見交換をしていました。
そして、数カ月後、後藤さんは施設へ転院していきました。
退院調整には正解がないからこそ、いつも同じ対応では成り立ちません。
退院調整看護師として、多様な選択肢の中から、家族が一番幸せに暮らせる場所を探すためにベストな介入ができるようになりたい、と思います。
次回は、退院に向けて複数の課題の解決が必要だった山下さんの事例をお伝えします。
(編集部注)
本事例を公開するにあたり、プライバシー保護に配慮し、個人が特定されないように記載しています。
【文】岩本 まこ
社会人経験を経て看護師になった30代。
総合病院での勤務を経て、現在は市中病院にてより良い退院支援について日々勉強中の退院調整看護師。
編集/坂本綾子(看護roo!編集部)
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