退院支援が事例でわかる【1】|急激に体調が悪化した永井さんへの支援
「退院支援」をご存知ですか?
国が推し進める地域医療の充実に向けて、病院から自宅へ退院したり、療養施設へ転院する場合に欠かせない役割を担うのが「退院支援」という概念です。
まだまだ浸透しておらず、「なんとなく聞いたことはあるけど、具体的に何をしているのかわからない…」という人も多いと思いのではないでしょうか。
この連載では、“退院調整看護師”の私が出会ったさまざまな患者さんをご紹介しながら、退院支援の仕事の実際をお伝えできればと思います。
【ライター:岩本まこ(看護師)】
退院支援が事例でわかる
Vol.1 急激に体調が悪化した永井さんへの支援
退院調整看護師とは?
まず、自己紹介させてください。
私は、約2年前から一般病院の「退院調整室」に勤務しています。
退院調整看護師とは、患者さんの退院後の生活が少しでも安楽になるようサポートする役割を担った看護師です。
退院調整室のパートナーは、医療ソーシャルワーカーの木田です。
医療ソーシャルワーカーは、患者さんやご家族の社会的・心理的困りごとの解決を社会福祉の立場から支援します。
ここから3回にわたり、私たちが出会った永井さんご家族についてお話しながら、退院支援の仕事についてお伝えしたいと思います。
自宅に帰りたいと望む永井さん
永井恭子さん(仮名)は、70代の女性で、乳がんステージⅣ(多発性転移)です。
急性期病院ではこれ以上の治療が望めないため、緩和ケアを行いつつ自宅退院の準備をするために当院へ転院していらっしゃいました。
永井さんは、半年前に夫と息子夫婦と一緒に生活するために引っ越しをした直後に、乳がんが発覚しています。
楽しみだった家族との生活がほとんどできないまま、乳がん治療に突入したという経緯がありました。
急性期病院で、入院治療を受けたものの、根治することは難しく、当院で緩和治療を受けながら自宅へ帰る準備を進めることに決めたのです。
【永井さんの経過】
半年前…引っ越し、乳がんが発覚
3カ月前…急性期病院に入院
→当院に転院
→退院調整室に介入依頼
入院当日に、担当看護師が、永井さんの「自宅に帰りたい」という希望を確認していました。
その希望を叶えたいと、夫も息子も永井さんの意見に賛成していました。
これを受け、私たちの退院調整室に介入依頼があったのでした。
しかし、入院時点(7月の2週目)では、介護保険の認定結果が出ていませんでした。
介護認定の結果を待って、7月末以降に退院する予定を立てていました。
入院当初
入院当初は、永井さんが食べたいと言っていたおかずを家族がタッパーに入れて持参していました。
夫の手作りのおかずと、好物のいくらのおにぎりを美味しそうに召し上がっていました。
2人が仲睦まじく笑顔で会話する様子は、見ているこちらも嬉しくなる光景でした。
入院5日目
入院5日目、大量に嘔吐したことからはじまり、永井さんの様態は急激に悪化していきました。
がんの転移が原因で、腸閉塞を起こしている疑いがあり、排便がみられなくなりました。
しかし、永井さんはこれ以上の治療に耐えられる体力がなく、ケアを行いながら経過観察をするしかありませんでした。
急遽開催した家族面談
永井さんの容態を病棟看護師から聞いた私は、急遽、院内の多職種スタッフと家族によるカンファレンス(家族面談)の開催を考えました。
通常、この家族面談は、当院の場合、入院から14日以内に行うべきものです。
急遽開催を考えたのは、腸が完全に閉塞してしまえば、そこから腸が壊死し、死に至ることが予測されたからです。
同じ意見だった病棟看護師と共に、医師をはじめ、永井さんに関わる医療スタッフに家族面談への出席を依頼してまわりました。
家族面談の日、医師から今の状態を聞いた永井さんの息子は、「がんの終末期とはいえ、その時がくるのはまだ先だと思っていました」と、動揺を隠せない様子でした。
夫は、あまりにも急な展開に言葉が出ず、息子の隣で下を向いていました。
そんな家族を前にして、私にはやらなければならないことがありました。
「退院前カンファレンス」の招集です。
退院前カンファレンスとは?
退院前カンファレンスとは、退院後も医療・介護のケアを必要とする患者さんが、より穏やかに自宅での生活を送るための話し合いを行う場です。
この2点がおもな論点になります。
【1】入院中に患者さんに関わっていた医療者と、退院後に関わる医療・介護担当者の情報共有
【2】患者さん・ご家族の意向を確認し、どのような社会的・人的リソースで在宅療養を支援するのかについての打ち合わせ
今回の参加者は、総勢13名にのぼりました。
退院前カンファレンスがもつ「ケア」の意味合い
退院前カンファレンスの内容は、患者さん・ご家族によってさまざまです。
今回の永井さんの場合は、その話し合い自体が患者さん・ご家族のケアになるという意味合いがありました。
話し合いの過程で、おもに“3つのケア(支援)”を行いました。
◆意思決定の支援
◆家族の看取りに対する不安のケア
◆医療・介護サービスの説明を行い選択できるように支援
今回は、すでに「自宅で過ごしたい」という患者さん・ご家族の意思をすでに確認していたからこそ、慎重かつ迅速な退院前カンファレンスの進行が必要でした。
退院前カンファレンスでは改めて、「今どうしたいのか」という現在の意向・気持ちを患者さん・ご家族にお話ししてもらうことにしました。
家族を代表して口を開いたのは息子でした。
「新しい家に引っ越したのに、引っ越してすぐ病気が見つかってほとんど家で過ごせていない。1日でも早く自宅に帰してあげたい」
この言葉から、退院前カンファレンスの話し合いは一気に進んでいきました。
***
退院前カンファレンスが開催されたのは金曜日。
その翌日からの週末は3連休という状況。
このときばかりは、いつも休みが待ち遠しい私も連休の存在を恨みました。
息子からも「連休明けには自宅に帰ってきてほしいけど、休みに入ってしまうし、介護認定の結果がまだ出ていないし、家の準備も整っていない。無理ですよね…」という不安の声が漏れていました。
(次回へつづく)
(編集部注)
本事例を公開するにあたりプライバシー保護に配慮し、個人が特定されないように記載しています。
【文】岩本 まこ
社会人経験を経て看護師になった30代。
総合病院での勤務を経て、現在は市中病院にてより良い退院支援について日々勉強中の退院調整看護師。
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