脳外用マイクロ剪刀|剪刀(4)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『脳外用マイクロ剪刀』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方についてはさまざまな説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

脳外用マイクロ剪刀

 

〈目次〉

 

脳外用マイクロ剪刀は脳神経外科手術で使用するはさみ

指にかけるリングがないため持ち方はペンホールド式

外用マイクロ剪刀は、脳神経外科領域のマイクロ下手術で使用される剪刀(はさみ)です。一般的な剪刀のように指をかけるリングはなく、ペンホールド式に持ち、バネを利用して刃開閉具合を調節しながら使用します。

 

組織の切離だけでなく、剥離にも使用する

脳外用マイクロ剪刀は、脳神経外科領域のマイクロ下手術の術式や対象組織などによって、さまざまな種類が存在しています。また一般的な剪刀と同様に、組織の切離だけでなく、剥離にも使用されます。

 

memo脳外科用のマイクロ剪刀は、脳外科特有の器械

眼科用の剪刀でも、脳外用マイクロ剪刀と似た「ペンホールド型」のマイクロ剪刀があります。

 

しかし、眼科用と脳外用ではサイズが異なるため、見分けることは可能です。

 

脳外用マイクロ剪刀の誕生秘話

スイス人医師によって脳神経外科手術は大きく変わった

脳神経外科手術が大きく発展したのは、1967年にスイスの医師 ヤサーギル(Mahmut Gazi Yaşargil;1925~)によって手術用顕微鏡が導入され、マイクロ下手術が開発されたことに由来します。

 

それまでの脳神経外科の手術は、頭蓋骨を取り除いて硬膜を切開し、脳を圧排しながら進められていました。この方法では、術野が非常に暗く狭いため、わずかな隙間から手術器械を差し入れなければならないため、手術は困難なものでした。しかし、マイクロ下での手術が可能になると、明るく拡大された術野によって、より安全でより繊細な手術が行われるようになりました。

 

このように、直視下のみの手術からマイクロ下手術に移行したことで、専用の器械が多く開発されてきました。術式の開発者であるDr.ヤサーギルも脳外用マイクロ剪刀を開発しており、その名を冠した剪刀もあります。

 

学会でも高評価を得たこだわりの福島式脳外用マイクロ剪刀

脳外用マイクロ剪刀のなかには、世界中を飛び回り手術を行っている日本人医師が開発したものもあります。これは、『福島式マイクロ吸引管』の開発者としても紹介した福島孝徳医師(1942~)です。

 

Dr.福島が開発した脳外用マイクロ剪刀は、1983年頃から開発がスタートしました。当時の既存の剪刀類は、刃が肉厚であったり、刃の曲げ具合が、Dr.福島の手技に合ったものでなかったそうです。そのため、2年の試作と試用を繰り返し完成にいたりました。完成した福島式脳外用マイクロ剪刀は、1985年に学会展示され、高評価を得ました。

 

開発にあたり、①安全第一であること②壊れにくいものであること③刃の表面にザラつきのないもの④シンプルで操作性が良いもの⑤一つの器械で複数の操作が可能になることなど、Dr.福島からの要望は非常に多かったそうです。

 

memoDr.福島が記した手書きの開発指示書

Dr.福島の器械を製作した医療機器メーカーには、現在でもDr.福島の「手書きの開発指示書」が残っています。そのなかには、「刃の角度は◯◯°程度」や「手で持つ部分の溝のほり方」など、Dr.福島の非常に細かい指示が記されています。

 

脳外用マイクロ剪刀の特徴

サイズ

脳外用マイクロ剪刀には、非常に多くの種類があります。サイズもさまざまですが、全長20cm程度のラインナップが多いようです。

 

また、形状やメーカー(ブランド)によっては、有効長、刃長、刃厚、刃の開き幅など、全長以外にも構成を決める規格がありますので、その組み合わせにより、豊富なサイズ展開となっているようです(図1)。

 

 

図1脳外用マイクロ剪刀の規格

脳外用マイクロ剪刀の規格

 

マイクロ剪刀を構成する規格には、全長や有効長、刃長などがあります。

 

(写真提供:株式会社フジタ医科器械)

 

形状

脳外用マイクロ剪刀はΧ型の器械ですが、一般的な剪刀類のように指をかけるリングはありません。

 

全体の形状

脳外用マイクロ剪刀は大きく分けて、ストレート型とバイオネット(バヨネット)型の2種類があります(図2)。

 

 

図2脳外用マイクロ剪刀の形状

脳外用マイクロ剪刀の形状

 

:ストレート型、:バイオネット(バヨネット)型。

 

memoバイオネット型とは

バイオネットは英語で「bayonet」と表記します。bayonetとは、銃剣(銃と刀剣を融合させた武器)のことです。脳外用マイクロ剪刀の特徴的な形状は、まるで銃剣のようにも見えます。英語読みではバイオネット(ベイオネットとも)ですが、バヨネットとはフランス語の銃剣(Baïonnetteと表記)から来る読み方という説があります。

 

この形状の利点は、狭い術野で視認性良く、適確な操作を進めることができる点です。ほかの器械や機器と干渉せずに使用することができます。

 

先端の刃部分

先端の刃の部分は、刃の種類や厚さ、刃先の鋭鈍、刃のカーブの角度など、多くのバリエーションがあります。メーカーやブランドによってラインナップに違いがあります(図3)。

 

 

図3脳外用マイクロ剪刀の先端部の形状

脳外用マイクロ剪刀の先端部の形状

 

A:強彎(きょうわん)、B:弱彎(じゃくわん)、C:直(ちょく)。

 

持ち手のすべり止め

脳外用マイクロ剪刀の持ち手は、メーカーやブランドごとに工夫が凝らされています。図1では、ストレート型の持ち手部分のすべり止めがラウンド状に、バイオネット型がフラット状になっています。

 

材質

脳外用マイクロ剪刀の多くは、ステンレス製です(先端部分を加工しているものもあります)。

 

近年では操作性や耐久性向上のために、チタンやその合金など、多様な材質で作られているものも出てきています。なかには、マイクロ剪刀の部位(パーツ)ごとに、異なった素材を使用しているものもあります。

 

製造工程

脳外用マイクロ剪刀の製造工程は、一般の剪刀と同じようにの工程で行われます。

 

片方分の金属を切り出す

 

はさみの刃の部分にねじれを加え、2本合わせたときに、刃同士が競り合うようにする

 

刃の部分を3~5段階に分けて、研磨する

 

焼き入れ処理を行う

 

2本のはさみ同士の視点をビスで固定する

 

特殊な電解質の中で電解処理を行う(温度や湿度が決まっている)

 

試し切りを行い、切れ味を確かめる

 

memo外科医を支える日本の職人ワザ

一般の剪刀類など、X型の器械類は片方ずつ製造したものが合わさり、一つの完成品になります。片方ずつ、それぞれのでき栄えが良いだけでは、使える器械にはなりません

 

特に、脳外用マイクロ剪刀のように非常に繊細な器械は、完成までの道のりが険しいことが想像できます。刃先の厚さ(薄さ)、鈍鋭、彎曲などの形状、嚙み合わせなどが完璧に合って初めて形になります。そして、さらに磨きをかけることで、剪刀としての切れ味が試されます。

 

このような工程をたどり、1本の脳外用マイクロ剪刀が完成されるには、高度な職人ワザが必要とされ、わが国が世界に誇る技術の一つとなっています。

 

価格

脳外用マイクロ剪刀1本あたりの価格は、材質や形状、製造の工程等によって、数万円~十数万円と大きく開きがあります。

 

ストレート型よりもバイオネット型、海外製よりも国内製の方が、高価な傾向にあります。

 

寿命

脳外用マイクロ剪刀の寿命は一概に決められてはいません。刃物である以上、その切れ味はもちろん、刃と刃の重なりや、開閉の具合、バネの状態など、微細な操作を左右する箇所の不具合が寿命と言えます。

 

特にマイクロ下での操作で使用する器械ですから、刃先は非常に繊細にできています。術中の扱いだけでなく、メンテナンス時や洗浄・滅菌時の取り扱いには、細心の注意が必要です。

 

脳外用マイクロ剪刀の使い方

使用方法

ペンホールド式に持ち、切離や剥離を進めます。

 

細い刃先の展開で、狭くて深い術野でも、血管や神経、周辺組織を傷めることなく処理できます。

 

類似器械

脳外用マイクロ剪刀は、全長や有効長などのバリエーションだけでなく、刃先のバリエーションが非常に多くなっています。対象になる部位や手術シーン、または術者によって、細かな使い分けがあるので、きちんと確認しておきましょう。

 

禁忌

禁忌は特にありませんが、刃先は非常に繊細で微細な構造をしています。刃先の形状・特性に合った組織で使用します。適応していないような組織では、使用しないようにしてください。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

複数ある脳外用マイクロ剪刀の取り間違いには注意

脳外科用マイクロ剪刀は特徴的な外観をしていますので、他の機械類と取り間違えるようなことはあまり考えられないでしょう。むしろ、複数の脳外用マイクロ剪刀の中での取り間違いに注意する必要があります。

 

形状だけをみると、眼科のマイクロ下手術で使用する剪刀類と似ていますが、サイズに違いがありますので、見分けることは可能です。

 

memoいかなる時も、器械の取り扱いには「細心の注意」を払うこと

マイクロ下で使用する器械類の先端部分は、非常に繊細で微細なつくりをしています。常に愛護的に取り扱うことが重要です。器械盤には、シリコンマットなどを下に敷いて、器械類を並べるようにしましょう。

 

使用前はココを確認

脳外用マイクロ剪刀は非常に繊細な造りをしています。刃先のわずかなズレや欠損などの不具合が大きく影響します。刃先の状態やかみ合わせを確認しておきましょう。またスムーズに開閉できているかも確認が必要です。

 

術中はココをポイント

マイクロ下の手術では、術者は術野から目を離すことはできません。そのため、直接介助の看護師もモニターを見ながら行うことになります。手渡した脳外用マイクロ剪刀を術者が持ち直したり、持つ位置を確認したりすることのないように、確実、かつすぐに使用できる状態で手渡すことが求められます

 

手渡す際は、脳外用マイクロ剪刀の中ほどを持ち、ドクターの指がすべり止めの位置にくるように渡します。

 

使用後はココを注意

術野から脳外用マイクロ剪刀が戻ったら、まずは先端部分に欠損がないかを確認します。万が一、欠損しているようであれば、術野の確認が必要になります。なければ、使用前と同様に、先端部分を中心に不具合がないかを確認します。付着物はきちんと拭いておきましょう。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく

付着物が残ったまま、高温水での洗浄や滅菌処理をしてしまうと、先端部の刃の重なった部分や、滑り止めの部分など、小さな隙間に入り込んだ付着物などが取れなくなってしまい、次回、使えなくなることがあります。

 

(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく

脳外用マイクロ剪刀は基本的に、塩素系の消毒薬につけてしまうと、サビが生じることがあります。サビてしまうと、研ぎに出さないと使用することができません。筆者が勤務していた手術室では、塩素系ではなく、グルタラール系の消毒薬を使用していました。勤務先のマニュアルに従って、正しい消毒薬を使用しましょう。

 

(4)洗浄用ケース(カゴ)は使用せず、ほかの器械とは分けて洗浄・乾燥する

マイクロ剪刀は基本的に、分解できません。持ち手の後ろ部分を外すことはできますが、横に長く開いた状態になります。洗浄機に直接かけるのではなく、基本的には手洗いです。

 

しっかりと汚れと洗浄液を落とし、洗浄用ケース(カゴ)に並べる場合は、ほかの手術器械とは分け、シリコンマットなどを用いたトレイに並べて、乾燥させます。

 

滅菌方法

滅菌方法は、ほかの器械と同様に、高圧蒸気滅菌が最も有効的です。滅菌完了直後は非常に高温なため、ヤケドに注意しましょう。

 

 


[参考文献]

 

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Photo:kuma*

 


協力:株式会社フジタ医科器械

 


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