マタニティ・ビクス
『新訂版 周産期ケアマニュアル 第3版』(サイオ出版)より転載。
今回はマタニティ・ビクスについて解説します。
立岡弓子
滋賀医科大学医学部看護学科教授
マタニティ・ビクスとは
マタニティ・ビクスとは、妊婦のためにつくられた運動療法の1つで、有酸素運動である。正常経過の妊婦であれば、妊娠13週から開始でき、分娩直前まで継続可能である。また、認定インストラクターの指導による安全性と有効性が確立している。
開始の時期
流産の約90%が、妊娠10週までに起こりやすいこと、妊娠12週までは胎児の器官形成期であるので、屋外で活動するより安静にしているほうが望ましいため妊娠13週からとする。
インストラクター資格1)
日本マタニティフィットネス協会認定インストラクターにかぎる。
目的
母体心拍数をトレーニング効果が得られる運動強度(目標心拍数)まで徐々に高め、一定時間持続させることによって、呼吸・循環機能を増進させ、その結果、すべての機能を向上させることを目的とする。
効果
・心肺機能の向上による全身持久力の増強
・身体各部の筋力および筋持久力の強化
・高血圧妊婦の血圧下降作用
・過剰体重増加の防止
・脂質比の改善
・安産傾向(分娩所要時間の短縮、分娩時出血量の減少)
・腰背部痛、その他の自覚症状および静脈瘤、妊娠線、仰臥位性低血圧などの抑止
・精神面への好影響(仲間づくり、リフレッシュ)
・産褥面への好影響(乳汁分泌促進、体力および体型回復促進)
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マタニティ・ビクスの実際
観察項目
①クラス実施前
レッスンごとのメディカルチェックを行う。胎児心拍数、血圧、脈拍、腹部の張り、体重、問診(体調、危険な徴候の有無など)、母子健康手帳により妊娠経過の確認をする。
②クラス実施中
・動悸、息切れ、悪心、めまい、息苦しさ、頭痛などの自覚症状
・腹部の張りの自覚症状
POINT
・尿意を感じる場合は、レッスン中でもトイレに行くように勧める。
・水分補給に注意する。
③クラス終了後
・心拍数が平常時に戻っているか
・胎児心拍数
・腹部の張りの自覚症状
参加妊婦の準備
①主治医の了解
妊娠13週以降では、出産施設の医師(産科医)の了解と、その医師の発行する診断書が必要である。
②参加者の理解
自己責任において実践することを了解してもらう。
必要物品
①施設側の準備
日本マタニティビクス協会認定登録施設。
血圧計、胎児超音波ドップラー心拍数計、体重計、音楽
②参加者の準備
エアロビクス用のシューズ、飲料水、タオル
参加者への注意
脱水や循環不全にならないよう、サウナスーツや妊婦用ガードル、腹帯、ブラジャーなどは着用を勧めないが、運動により、乳房に振動痛がある場合は、サポートタイプのブラジャーを着用する。
レッスン中にインストラクターが、腹部の状態を把握できるように身体のラインがわかるユニフォームの着用を勧める。
運動強度とは?
運動強度は、妊婦の自覚的運動強度(RPE、表1)によって「ややきつい」を目標とする。
心拍数はカルボーネン法※を用い、「ややきつい」を目標と定め、運動強度の確認を行う。
持続時間は、1回あたり60~75分とし、安全で効果的な頻度は週3~5回である。
目標心拍数={(220−年齢)−安静時心拍数}×40~60%+安静時心拍数
表1 妊婦のRPE(自覚的運動強度)1)
手順(一般的なレッスンの流れ)
ここでは代表的なエクササイズを紹介する。
1下肢のストレッチ
筋肉や靭帯などの障害の予防目的、使用した筋肉をもとに戻すために行う。妊婦は体型の変化により、バランスがとりにくい。関節周囲の結合組織が柔軟であることから、支えを利用して行うとよい。
ハムストリングのストレッチ
①両足は腰幅に開く。
②右足を半歩前に出し、両膝を軽くゆるめ、右手は右太腿の真中(支えがない場合は両手を太腿)に置く。
③右膝を伸ばしながら、殿部を後ろへ引いていく。
④右足を意識しながら深呼吸する。
⑤同様に左足のストレッチを行う。
2ウォーミングアップ
衝撃の低いステップやダイナミックストレッチを行い、筋温を上昇させ、心拍数を上昇させる。また、手指やつま先までしっかり動かし、不定愁訴(ふていしゅうそ)を改善するエクササイズも合わせて行う。
マーチング
①足幅は肩幅よりやや広めにとり、つま先をやや外側に向ける。
②リズムに合わせて右足から歩き出す。
3エアロビックパート
運動量を増やしながら目標心拍数に近づけ、自覚的運動強度「ややきつい」を感じる程度を目安に行う。全身持久力維持・向上、脂肪燃焼につながる。
Vステップ(8ビート)
①右足を1歩踏み出す。
②左足を1歩踏み出し、右足に揃える。
③右足をもとに戻す。
④左足をもとに戻す。
⑤右足を1歩踏み出し、右手を高く上げる。
⑥左足を1歩踏み出し、左手を高く上げる。
⑦右手、右足をもとに戻す。
⑧左手、左足をもとに戻す。
⑨左足から踏み出す動きも同様に行う。
レッグカール
①左足つま先を外向け着地したまま、右膝を曲げ、同時に両手を前からうしろに引く。
②曲げた右足をいったん着地させ、①と同様の動きを繰り返す。
③右足を着地させ、左膝を曲げ、両手を前からうしろに引く。
④左足を着地させ、①を繰り返す。
※膝を曲げたとき、腰部に負担がかからないように、曲げた膝の位置を腰より後方にしないようにする。
4目的別エクササイズ
乳汁分泌のエクササイズ
胸部、背部、頚部の循環促進、前腋窩腺(ぜんえきかせん)を刺激する。
乳頭に刺激を与えないように、乳房基底部を意識しながら実施する。
乳房痛を自覚した場合は中止する。
①両手を軽く曲げ、肘を少し前に出す。
②両肘を肩の高さまで上げる。
③上腕を使って前腋窩腺をリズミカルに刺激する。
股関節周囲のストレッチ
分娩体位に役立つ股関節周囲の筋群のストレッチ。
仰臥位でエクササイズを行う場合、仰臥位性低血圧が起こる場合があるので、気分が悪くなった参加者には、側臥位で休むように声をかける。
①仰向けになる。
②片足ずつゆっくりと床から持ち上げ、手を膝の上に置く。
③膝に置いた手の力で両足を腹部の横に引き寄せる。
④腕の力を利用して、両股関節をゆっくりと大きく動かす。
⑤終了したら、片足ずつゆっくりと着地させる。
5下肢のエクササイズ
プリエ(大腿四頭筋のエクササイズ)
①足は肩幅に開き、膝、つま先は外側に向け、しっかり着地させる。
②両手は腰に置き、膝の屈伸を行う。このとき、深い屈伸は膝に負担をかけるので実施しない。
6クーリングダウン
ヒラメ筋のストレッチ
①背筋を伸ばし、両手は腰に置く。
②右足を一歩前に出し、左右のつま先を正面に向ける。
③リズムに合わせて両膝の曲げ伸ばしをゆっくり行う。その際、曲げた右膝がつま先を越えないように注意する。
④呼吸はゆっくりした呼吸を行う。
⑤4回程度行ったら右足をもとに戻し、左足先行で同様に行う。
深呼吸
①両手を上げながら鼻から大きく吸う。
②手を広げて下ろしながら口から大きく息を吐く。
禁忌の動き
妊婦の身体は、エストロゲンの作用により、骨盤諸関節の靭帯や結合組織が弛緩し、可動域が増加している。このため、次のような動きは禁忌とされている。
・衝撃による刺激で子宮収縮を起こす可能性のある運動
・バランスを崩しやすい運動
・腹部をぶつける、ひねる運動
・腰部に過重負担がかかる、ひねる運動
・関節に負担がかかる運動
ニーリフト:真上に引き上げるのではなく、腹部に足がぶつからないように大腿を外側に引き上げる
ジャンプ運動は行わない。つま先を床につけたまま、踵をリズミカルに上げ下げする(カーフレイズ)
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引用・参考文献
1)田中泰博監:マタニティビクス・テキストブック、p.4~5、18、日本マタニティビクス協会、1997
2)森田俊一:妊婦のためのヨーガ−妊娠・分娩を楽にする体操−、p.17、26~28、31、82~83、110~114、120~121、124、メディカ出版、1991
3)松本清一監:妊産婦体操の理論と実際、p.22、社団法人全国保健センター連合会、1999
本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『新訂版 周産期ケアマニュアル 第3版』 編著/立岡弓子/2020年3月刊行/ サイオ出版