「アートで病院を楽しくする」挑戦 |筑波大学ホスピタルアート【前編】
「ホスピタルアート」とは、病院と芸術のコラボレーションでより良い病院環境づくりを目指す取り組みです。欧米では多くの病院が実施していますが、日本ではまだあまり普及していません。
今回は、日本において先進的にホスピタルアートの取り組みを行っている、筑波大学附属病院を取材しました。
子どもたちに楽しく過ごしてもらう「つくばの森」
取材にご協力いただいたのは、筑波大学附属病院看護部顧問の三ケ田愛子さん。
「10年ほど前、筑波大学の芸術学群で『未来の病院』を学生たちに考えてもらう企画があったんです。それがきっかけで、『芸術と病院がコラボすれば病院環境をより楽しく変えていけるんじゃないか』ということになり、芸術学群と病院の協力を徐々に深めていきました」
同院が2013年に小児総合医療センターを開設した際には、芸術学群の学生さんが内装の企画やデザインを手掛けたそうです。
「『つくばの森』というコンセプトで、楽しい雰囲気の環境をデザインしてもらいました」
けやき棟の6階にある小児総合医療センターを訪れると、明るい森の風景が目に飛び込んできます。
「子どもたちが病院を怖がらないように、『つくばの森へお散歩に来た』という楽しい気分で過ごしてもらえるように、という願いが込められています」
病棟の中には、いたる所に可愛らしい動物の姿が。
また、一風変わった生き物の人形もありました。
「これは『けやきイレブン』といって、子どもたちの描いたイラストをもとに、芸術学群の学生の皆さんが造型をしたものです。全部で11体、病棟のあちこちに展示しています」
天井のいたる所にあるモビールは、明るく広大なつくばの空をイメージしているそうです。
こうしたアートの中心的な担い手は、同大学芸術学群の学生アートチーム『アスパラガス』。
「病院の空気をおいしくする」をコンセプトに、院内でさまざまな活動を行っています。
「アスパラガスの学生さんたちは、患者さんに快適に過ごしてもらえるように、我々医療者と組んでいろいろな企画を実施されているんです。自由な発想で面白いアイデアを次々と出してくれるので、病院スタッフはとても楽しみにしています」
患者さんと一体になってのワークショップ
アートと病院の連携は、内装の飾り付けに留まりません。アスパラガスの方々は、患者さんやご家族と一緒にものづくりをするワークショップなども積極的に開催しているそうです。
「例えば『いろどりおちょうさんカフェ』というワークショップがありました。名前の通り、色とりどりの蝶々をみんなで作るんですが、蝶々がクリップになっていて、服とか点滴台とかちょっとしたところに留められるようになっているんです」
ワークショップは病棟の食堂やデイルームなどで開催し、毎回たくさんの方が参加されるとのこと。
「年配の方から子どもまで、いろいろな方が来られますね。患者さんだけでなく、面会のご家族も参加されます。学生さんがインストラクターとして作り方を指導しながら、2時間ぐらいみんなで楽しい時間を過ごします」
ものづくりをしながら話をするうちに、患者さんもだんだん活気を帯びてくるそうです。
「『どこから来たの』とか『何をやっているの』とか、気さくに話をしながら楽しくやっています。年配の方が、最初は『えー、こんなの作れないよ』といっていたのに、学生さんに『いいアイデアですね』『いいセンスしてますね』と褒められて、嬉しくなって一人で2つも3つも作ったりとか(笑)。自分で飾ったり、面会に来た人におみやげに持って帰ってもらったりして、とても喜ばれています。お部屋に戻ってからも、ワークショップの話題で盛り上がったりするので、コミュニケーションの輪がすごく広がりますね」
もちろん、患者さんに参加していただく上での配慮は欠かしません。
ワークショップ実施の際は、患者さんの体調管理に配慮し、必ず看護師がついているそうです。
「看護師が交代しながら、最低誰か一人ぐらいは見ているようにしています。シフトの調整など、大変な部分もありますが、参加する看護師は楽しそうにしていますよ」
こうしたワークショップのほかに、日常の一場面を楽しくしてくれるような、面白い企画も。
「以前、小児病棟から院内の訪問学級まで行く道を、大きなスゴロクにしたことがありました。大きいサイコロを振って、歩数を数えながら進んで…。子どもたちにとっては通学路のようなものなんですが、その場所を楽しく過ごせるような工夫をされて、とても喜んでもらえました」
このほかにも、七夕飾りやクリスマスリースのような季節の飾りものを作る企画、患者さんやご家族にインタビューをして新聞を発行する企画など、さまざまな企画を実施されているそうです。
学生さんとの協力体制
取り組みが始まった初期の頃から、病院側のスタッフと学生さんで定期的にミーティングを行い、院内での活動内容について相談しているといいます。
「毎月の定例会で、学生さんから企画のプレゼンがあります。企画を資料にまとめてくれるので、それをもとに内容について話し合います。注意してほしい点については、このとき確認します。患者さんの写真を撮りたいときはご本人に確認する、感染予防の観点から体調に不安のある方は参加しないなど、病院であるがゆえのルールや注意点ですね。企画内容がOKであれば、関係部署に資料を渡して、開催の告知をしておいてもらいます」
学生さんからのプレゼンは、病院スタッフとしても楽しみだといいます。
「病院スタッフでは思いつかないような、奇想天外なアイデアが次々と出てくるんです。この取り組みが始まる前は、看護部で季節の行事などをやっていたんですが、業務をしながらではアイデアにも時間にも限りがあります。そのため、こういった部分で芸術系の方々に参入していただけるのはとても良いことだと思います。大学病院と芸術学群がひとつの大学の中にあるのは、とてもありがたいことだと感じています」
学生さんたちはもうすっかり病院に馴染んでおり、スタッフや患者さんもごく自然に接しているそうです。
「どこの病棟でも学生さんはすんなり受け入れられているので、気軽に来ていろいろなことを相談したりしています。ナースステーションで看護師の意見を聞いたりもしていますね」
病院×芸術の連携をいっそう盛んに
「海外だと、病院でのアートを企画し実行をコーディネートする、アートコーディネーターという職種があります。うちの病院でもそういう役割の方が必要だろうということで、最近、筑波大学芸術学群卒業生の方がアートコーディネーターとして採用になりました。院内の展示物の整理、季節ごとの掛け替え、病棟や、診療部門からのアートへの要望の窓口対応などを行っています」
また、院内でのアートの活動をより充実させるため、本場のやり方も見学しに行ったそうです。
「イギリスがホスピタルアートの先駆ということで、現地でアートコーディネーターの仕事ぶりを見学させていただきました。向こうではチャリティーが非常に根付いていて、アートの費用はすべてチャリティーで賄っているそうです。いろいろな病院でアートコーディネーターが活躍されており、寄付金を集めるための企画やイベント等も行うとのことでした。当院でもそのような活動ができるようになってほしいと期待しています」
次第に取り組みの輪を広げている、筑波大学附属病院のホスピタルアート。参加されている芸術学群の学生さんにとっても良い経験になっているのでは、と三ケ田さん。
「学生さんも、患者さんたちと直接ふれあいながらいろいろなものを作っていくのは、とても良い経験になったと話してくれます。きっとこの先、社会に出たときに活かされていくのではないでしょうか。彼らと協力しながら、少しずつ活動を積み重ねて、より居心地の良い空間を作っていければと思います」
筑波大学ホスピタルアートの取り組みに関するレポート。後編では、ホスピタルアートのもう一方の担い手、筑波大学芸術学群のスタッフの方にお話を伺います。
■取材協力
筑波大学附属病院
https://www.hosp.tsukuba.ac.jp/
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