言語の面で患者さんをサポート │医療通訳者インタビュー 【後編】
外国人患者さんと日本の医療者の意思疎通をサポートする、医療通訳者・古山季玲さんへのインタビュー。
前編では、医療通訳の現場でのお仕事についてお話を伺いました。
後編では、医療通訳派遣の流れや、医療者からの声をご紹介します。
病院からの要請で現場へ出動
古山さんが所属されている特定非営利活動法人多言語社会リソースかながわ(以下、MICかながわ)では、神奈川県や県内の病院と協定を結んで医療通訳派遣事業を行っています。
通訳用のメモを確認する古山さん
病院に外国人の患者さんが来られて「言葉が通じない」ということになると、まず病院からMICかながわの「コーディネーター」に連絡が入ります。
「コーディネーターは現在14名。交代で2名ずつ電話対応に入ります。私も通訳と並行してコーディネーターをしています。コーディネーターの仕事は、病院からの電話を受けて、依頼内容に合った医療通訳者に派遣の打診をすることです」
コーディネーターは、病院のスタッフから患者さんの言語、性別や診療科、診療内容、次の来院日などについて伺い、MICかながわの通訳さんの中で行けそうな方を探して連絡を取ります。
例えば、婦人科の診療であれば女性の通訳が必要になり、男性の泌尿器科の診療であれば男性の通訳が必要になります。また、定期的な検診などであれば医療通訳歴の浅い人でも大丈夫ですが、がんの告知のような深刻な内容であれば、ベテランの通訳を派遣することになります。そのため、コーディネーターは所属しているすべての医療通訳者の特徴を頭に入れておく必要があるそうです。
医療通訳のやりがい
10年以上、医療通訳として活躍されている古山さん。そのやりがいについて伺いました。
「患者さんが相手に聞きたいことをしっかりと聞いてあげられたとき、『医療通訳として役に立てた』と感じます。1回1回、医療通訳に入るたびに、『やっていて良かった』と思います。
ただ、十数年やっていても、現場でピンチになるときは結構ありますね(笑)。難しい病名が分からなくて戸惑ったり、逆にすごく簡単な生活用語の訳し方で困ったりします。そういうときは、帰ってから辞書で調べてみます」
毎回の反省点をしっかり押さえて次に臨もう、という気持ちで取り組んでいるそうです。
また、医療通訳を長く続けていけるのは、医療者の手助けをすることで、患者さんが元気になってくれることの嬉しさがあるからだといいます。
「医療通訳を始めた最初の頃に、整形外科で通訳をしたことがありました。患者さんは中国人の女性で、日本語はあまりできません。医師からの『先天性の病気で手術をする必要がある』という説明が通訳の内容でした。
私が行く前は、その女性の小学校2年生の息子さんが通訳をしていたんです。その子はもっと小さい頃に中国から日本に来たため、中国語の力は4~5歳相当で、言っていることはお母さんでもあまり理解できませんでした。でも、患者さんも先生もその子に頼るしかなかったんでしょう。 私が通訳をした手術の説明が終わったあと、帰りがけに、先生が今にも泣き出しそうな表情でナースステーションへ入って行って、『ああ、良かった』を言うのが聞こえたんです。それまで医療通訳がいなかったから、どう説明したらいいかですごく悩んでいたのだと思います。
手術後、年に1回は検査のときにその患者さんと会っていました。今でも元気にしていると思います。こういうケースがしばしばあるので、何年も医療通訳を続けているんです」
ボランティアの善意による通訳派遣体制
MICかながわでは現在、年間4000件ほどの医療通訳派遣を行っています。
MICかながわ、医療通訳を取り巻く状況について、事務局の高山さんにお聞きしました。
「当法人の現在の医療通訳スタッフ登録者数は162名、対応言語は11言語になっています」
こうした医療通訳スタッフの方はみなボランティアで通訳をされているそうです。
「医療通訳として派遣されたスタッフには、3時間を1単位とし、交通費として3,150円の謝金が支給されます。海外では医療通訳事業が社会的な地位を確立して、専門のスタッフが雇われている場合もありますが、日本では医療通訳自体の知名度がまだまだ低く、皆さんの善意に頼らざるを得ない状況です」
神奈川県は昔から外国人の多い県ですが、最近は外国人技術者の訪日などのため、これまでと違った言語への対応も必要になってきているそうです。
「医療通訳については、スペイン語の需要が最も大きかったのですが、最近では中国語や、インド人技術者やその家族の話す英語の需要が増えています。また、タガログ語、ベトナム語、タイ語、カンボジア語といった、私たちが『稀少語』と呼ぶ言語は通訳者が少なく、人材を求めている状態です」
医療通訳のためには外国語のスキルや外国文化の理解が必要ですが、それだけですぐに医療通訳をできるわけではないといいます。
「患者さんの命に関わるお仕事ですので、過誤があってはいけません。そのため、私たちは研修を非常に大事にしています。養成研修や選考、先輩通訳者との同行を経て、ようやく医療通訳者として独り立ちすることができます」
医療通訳者の方々は独り立ちしたあとも、年3回の現任者通訳者教育研修や自主的な勉強会に参加して、継続的に研鑽を積んでいるそうです。
外国人患者さんに安心して受診してもらうために
医療通訳者を支える体制を整えているMICかながわですが、課題も多いと高山さんはいいます。
「現状、病院よりご連絡をいただいてから医療通訳派遣の日程を調整しているので、基本的に初診では対応できません。民間の会社で、救急車に乗っている救急救命士さんと電話をつないで、昼夜を問わず医療通訳に対応しているところもありますが、当法人では行っていません。こうしたことの実現にはより多くの人材や予算が必要なため、現在は難しい状況です」
また、医療通訳の周知についても必要性を感じているとのこと。
「外国人の患者さんは、言葉の壁が心理的な障壁となるため、体調不良を感じていても医療機関へ行かず、重篤な状態になってから受診される場合が多々あります。
また、ご家族やお知り合いで対応言語のできる方に通訳を頼まれる患者さんもいますが、通訳者の心理的な負担が大きく、医療通訳のスキルがないために重要な点が伝わらないことも多いと思われます。 こうしたケースを少しでも減らすため、『頼る先として医療通訳機関があること』をより多くの方に知っていただきたいと思います。 日本では一般の方のみならず医療関係者の方でも、医療通訳のことを知らない方が多いのが実情です。医療通訳は医療者側にも大きなメリットがありますので、ぜひ周知を進めていきたいと思っています」
母語で会話できることの大切さ
まだ課題も多い医療通訳ですが、現場の患者さんや医療従事者にとっては、とても大きな助けになっています。
医療の現場で通訳を受けたスタッフの方からの声をご紹介します。
●看護師からの声
「不安そうな表情で受診した患者様が、診療が終わり診察室を出るときはほっとした穏やかな表情だったことが印象的でした。母語で会話できることは大事だと感じました」
「入院のアナムネで患者様の普段の生活がよく分かり、行き違いなくケアをすることができました」
「看護スタッフ側の不安が解消され、異なる母語の方へのバリアーが低くなったことが、何より良かったと思います」
●医師からの声
「患者様の病状がよく分かり、診断の助けになりました。病状の説明も理解してもえました。もし通訳がいなければ、無駄な検査もせざるを得なかったと感じます。何より、患者様との信頼関係を築くことができ、スムーズに診療できたことが良かったと思います」
医療通訳者の存在は、医療者の大きな助けになっています
言葉の壁を越えて、外国人の患者さんと日本の医療者の意思疎通を助ける医療通訳者。
看護師や医師と違って医療行為を行うわけではありませんが、「人の役に立てること、自分の関わった患者さんが元気になったことを喜べる」という点では、通じるところがあるかもしれませんね。
外国人患者さんの診療を助ける │医療通訳者インタビュー【前編】
【3月14日追記】
取材させていただいたNPO法人・多言語社会リソースかながわ様が、「国際交流基金地球市民賞」を受賞されました。
同賞は地域の特性を活かして、他のモデルとなるような優れた国際文化交流活動を行っている団体に対して贈られる賞です。受賞を機に、医療通訳に関わる活動の輪がいっそう広がっていくとよいですね。
【取材協力】
特定非営利活動法人 多言語社会リソースかながわ
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