統一化は難しい! 世界的にも特殊な日本の救急医療システム
数年前から話題になっている、タクシー代わりの救急車利用や軽症者の救急搬送の問題。さまざまな議論が交わされているものの、未だ有効な手立ては出されていません
そもそも、なぜこのような問題が起こるのでしょうか?
当然ながら、それには世界的にみても特殊な日本の救急医療システムが深く絡んでいます。 「救急の日」の今日、改めて、日本の救急医療システムについて確認してみましょう。
救急の日
改めて知っておく、日本の救急医療システム
◆目次◆
救急の日
改めて知っておく、日本の救急医療システム
藤沢市民病院診療部長・救命救急センター長
阿南英明
保険制度と深く関係する救急医療システム
わが国の医療システムは世界的に見て特殊です。
日本は「皆保険制度」のため、全国民が保険制度でカバーされ、「お金がないから受診できない」「受けられる診療内容に制限がある」という事態は基本的に生じません。
さらに、自分がどの医療機関へ受診するのか、いつ受診するのかを、患者の意向で決定できます。
つまり、患者自身が適切と考える医療機関や専門診療科を自分で選択して受診することが可能です。これは、わが国の救急医療体制に大きく影響します。
患者は、医療機関や診療科に自由にアクセスできることで、より専門性の高い医療の提供を求めるようになります。
その結果、生命にかかわる非常に緊急性が高い病態や重症病態に対応すべき専門の部門として、救命救急センターや救急科医が求められるのです。
これは世界的にはかなり特殊なことです。
米国やカナダ・ヨーロッパなどの多くの先進国とは全く異なります。
このような国々では、例えば、耳鼻咽喉科のような専門診療科を受診するために、まず、家庭医(地域ごとに決められたかかりつけ医など)を受診して診断治療を受けます。
その上で、必要に応じて家庭医が紹介状を作成し、後日、専門診療科を受診します。
しかし、それでは、急な病気やケガをした患者が困ります。
そこで、このような患者に対応できる仕組みとして、成人から小児まであらゆる疾病・外傷に対応する救急科医を、ER(emergency room)またはED (emergency department)と呼ばれる病院の救急部門に配置しているのです。
これが、こういった国々の社会のセーフティーネットになっています。
救急医が非常に少ない日本の救急医療
日本では、以前から、重症の患者に対象を絞って、外来の初期診療から入院管理までを継続的に行う救急医が活躍してきました。
一方、軽症、中等症患者の診療は、各診療科医師や当直医が担当することが多いです。
なぜそのようなシステムになっているのかは、わが国の皆保険制度が深く関わっていることは前述しました。
しかしもう一つ、日本の救急科医(救急科専門医)の数が非常に少ないということもあります。
2018年8月現在、救急科専門医は4,791人しかいません。対して、2016年度の救急車での搬送人員数は、562万1,218人です。1)。
そのような状況の中では、さまざまな急性疾患やさまざまな外傷などの患者に、全国24時間365日十分な医療提供をすることは不可能です。
重症患者の場合には、救急外来での治療後、入院しての集中治療管理も必要になります。
つまり、すべての救急患者の診療を、救急科医だけで担当することは物理的に不可能だということです。そのため、夜間や休日の救急患者は、内科医、外科医など、さまざまな診療科の当直医が診療を担っているのが実情です。
救急医が救急外来に専従するためには集中治療専門医も必要
救急患者に大きく関わるのが、「重症度・緊急度」です。
しかし、患者の重症度・緊急度を正確に判別することは容易ではありません。
重症度・緊急度が高いと思われる患者は、救急隊員の判断の下、救急車で搬送されるのが理想です。
しかし、現実は、重症度や緊急度が高い患者が必ずしも救急車で搬送されるとは限りませんし、その逆もしかりで、重症患者が自力で歩いて受診することも多く経験します。
現状、重症度や緊急度は、患者自身が判断したり、救急隊員が判断したり、トリアージナースが判別しています。
この点では、従来の日本の仕組みの中で、救急科医が診療するべき重症患者の選別を、「誰がどのように行うのか」という明確なシステムを構築する必要があります。
そうでないと、重症患者を診療できる受け皿として救命救急センターができていても、実際には重症であったり緊急対処が必要な患者が、当初は軽症や中等症として扱われ、結果的に必要な治療まで時間がかかったり、必要な治療が受けられないという事態が発生します。
一方、軽症や中等症の患者も、専門分化した内科系、外科系医師では対応できず、適切な診療を受けられなかったり、診療を断られたりするケースも生じるのです。
その点では、救急科医があらゆる重症度、緊急度、診療領域の患者を救急外来で診療する方が理にかなっている面があります。
こうした救急システムは米国やカナダなど北米から広まったので、「北米型救急」(後述)と呼称されることがあります。
しかし、あらゆる患者の診療を行うためには、救急外来に専従することが必要であり、前述した通り、わが国の現状、非常に少ない救急科医の数でこのような救急医療のすべてを展開しようとすることは困難です。
特に、重症患者に対しては緊急手術や入院しての重症集中治療管理が必須であり、ほかの医師にお願いせざるを得ません。
そして、ここで問題になるのは入院治療を引き受けてくれる集中治療医の存在です。 わが国の集中治療専門医は、1,436名とこれまた非常に少ないです(2016年4月時点。「日本集中治療医学会」による)。
そのため、すべての救急科医が救急外来に専従してしまうと、救急外来での初期診療の後に、継続的に患者の診療や管理を引き継ぐ相手がいないという事態が生じるのです。
北米型救急を採用している米国などでは、救急科医も集中治療医もそれぞれわが国の何倍も人員がいるからこそ成り立っているのです。
また、わが国の集中治療専門医の中には、救急科専門医資格保有者が多く含まれています。こういう点からも、両者の役割を完全に分担することは容易ではないことが分かります。
「救急医療システム」に明確な定義はない
日本の救急医療システムについて説明してきましたが、最後に、それぞれの「呼び方」についても説明しておきましょう。
救急医は重症患者に絞って診療する日本に対し、北米では、患者の重症度や疾患の種類によらず、救急医がERまたはEDなどで対応していることは上述しました。
米国ドラマ「ER」がヒットした影響も相まって、1990年代にわが国でもこうした救急科医や救急医療施設のあり方が急速に広まりました。
それに伴い、従来からある日本のような救急システムを「重症集中治療型救急」、北米などの救急システムを「ER型救急」「北米型救急」などと呼称して、施設ごとの特性を示すことがあります。
しかし、日本では、地域の特性や施設ごとの状況も多様なため、両者の混合型や地域、施設ごとにアレンジされていることなどから、北米のように救急医療システムの統一化を行うのは難しく、明確な定義はありません。
図1日本では難しい、救急医療システムの統一化
わが国の救急医療の課題
ここまで述べてきたように、わが国の救急科領域は担当する医師が大幅に不足していること、施設や地域事情によって仕組みや担当領域が異なることなど、混沌とした分野であることが課題です。
診療を受けるべき患者や社会がどのような救急の仕組みを求めるのかを深く議論して、明確なビジョンを示す必要があります。
Illustration/はやしろみ(アトリエおてて)
編集/林 美紀(看護roo!編集部)
参考文献
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