身体拘束中に急変し、亡くなった患者は“特別な人”?

「身体拘束中に亡くなるのは変な人で、どうせ社会に貢献しない。そんなふうに思った人はいると思います。でも、それは違います。弟は本当に愛された息子であり、弟であり、友だちであり、先生でした」。

 

そう語ったのは、日本の病院で身体拘束中に急変し、その数日後に亡くなったニュージーランド人男性の遺族であるパトリック・サベジさん。

 

パトリックさんの弟で、日本で英語教師をしていたケリー・サベジさんは、2017年5月17日、27歳の若さでこの世を去りました。死因は特定されていませんが、長期にわたる身体拘束により深部静脈血栓ができ、肺塞栓に至った疑いが持たれています。

 

ケリーさんのことは、2017年7月、遺族の働きかけでニュージーランドのヘラルド紙が報じたのを機に、国内外で広く報道されました。そのため、既にご存知の方もおられるのではないでしょうか。

 

2018年2月24日、パトリックさんが「第19回全国抑制廃止研究会東京大会」で講演を行いました。パトリックさんは講演の冒頭、ケリーさんがいかに子どもたちに慕われる教師だったか、彼の人生がいかに愛にあふれていたかを、たくさんの写真とともに紹介しました。そして、「弟がどのような人だったかを知ってほしい」と語りました。その様子をご紹介します。

 

ケリーさんの人生について話すパトリック・サベジさん

 

【目次】

ケリーさんが亡くなるまでの経緯

身体拘束は「安全」VS「お金」の問題

 

 

ケリーさんが亡くなるまでの経緯

ケリーさんは来日前に躁うつ病を患い、2012年に母国のニュージーランドで入院治療を受けたことがあるそうです。それが初めての入院でした。当時、数時間ほど隔離されることはあったものの、身体拘束は一切行われず、ケリーさん自身を含め、誰もけがをさせるようなことはなかったといいます。

 

その後、2015年に来日し、英語教師をしていたケリーさんですが、2017年4月に調子を崩し、仕事を休み、同じ日本にいたパトリックさんの元に身を寄せました。そして、人生で2度目となる入院治療を日本で受けることになります。

 

ケリーさんが日本の病院に入院し、亡くなるまでの経緯は以下のとおりです。

 

・2017年4月30日
ケリーさんが外に飛び出し、大きな声で叫ぶなどしたため、パトリックさんが救急要請するも、精神状態には対応できないとし断られ、警察に連絡。警察官が来た時点で暴れるなどしたため、神奈川県の精神科病院に措置入院となる。入院後すぐにベッドで拘束される。
・2017年5月10日
急変。心肺停止状態となり、市立病院に転院。
・2017年5月17日
死亡。

 

パトリックさんの話によると、ケリーさんが措置入院となった際、ベッドに横になるまで付き添っていたけれど、その時点では暴れていなかったそうです。それにもかかわらず拘束されたといいます。

 

その時、拘束はつらそうだし、必要ないからしない方がよいと考え、パトリックさんは拘束に反対したそうです。しかし、病院に苦情を言うと、会わせてもらえなくなったり、対応が悪くなったりするのではと不安に感じ、あまり強くは主張しなかったといいます。命にかかわる危険があるとまでは思っていなかったからです。

 

ケリーさんが亡くなった当初、病院側はカルテの開示を拒否しました。しかし、記者会見を開くなどして働きかけた結果、開示されることになりました。カルテによると、ケリーさんは10日間にわたり拘束されており、その間、拘束が解かれたのは4回だけだったそうです。

 

また、カルテには「精神興奮状態にあり不穏・多動・爆発性が著しい。放置すれば患者が受傷する恐れが十分にある」という文言が、毎日ほぼ定刻に繰り返し記載されていたといいます。しかし、そう記載された前後の時刻に書かれた看護記録には「対応は穏やか」「疎通良好」など明らかに興奮状態ではない様子がうかがえる記載もありました。そのため、カルテと看護記録とでは矛盾があるとパトリックさんは指摘します。

 

しかし、転院先の市立病院の医師が身体拘束による深部静脈血栓症の疑いがあるとしたものの、結局、解剖結果からは死因はわからなかったそうです。

 

パトリックさんは「弟の死因は生涯わかりません。100%何が原因で亡くなったのかはわかりません。けれども、身体拘束が原因だった疑いはあります」と述べました。また、自分たち家族のように声を上げられる人はまれで、声を上げられない人の方が多いだろうとし、弟の事例は「氷山の一角としか思えない」と訴えました。

 

 

身体拘束は「人の安全」VS「お金」の問題

パトリックさんは、ケリーさんの件を踏まえ、次のように主張します。

 

身体拘束は、「人の尊厳」と「人の安全」を対立軸として考えられがちですが、「人の安全」と「お金」の問題です。つまり、日本では看護師の配置が少ないため、その代わりに身体拘束を行っていますが、看護師の配置を増やせば身体拘束を行わずに済むのではないかと訴えました。

 

また、メディアでは日本の中だけの問題として取り上げられ、海外との比較があまりなされていないと感じると断った上で、長時間にわたる身体拘束が行われるのは“普通”ではないと強調しました。そして、海外では数時間、長くても数十時間が平均だが、杏林大学保健学部教授の長谷川利夫さんが全国11病院で身体拘束の平均実施日数を調査したところ、約96日に及んでいたという調査結果を紹介しました。その上で、身体拘束をしなくても自傷・他傷行為をせずに済んでいる海外の事例を参考にすべきとの考えを示しました。

 

さらに、責任問題についても言及しました。パトリックさんは、「責任を持つべきは看護師さんではなく、もっと上の人」と言います。具体的には、病院長、措置入院の許可を出せる都道府県知事や政令指定都市の市長、厚生労働大臣などがその対象だと説明しました。

 

そして、インターネット上で拘束に反対する人の中には一部、「看護師が頑張っているのがわからない」など看護師に対する否定的な意見もみられることに触れ、パトリックさん自身は「看護師さんが悪いとは全然思っていない」と強調しました。

 

最後に、カルテ上に「不穏が著しい」などと記載されていると、それを信じるしかない法律上の問題点も指摘しました。その点については、身体拘束をする場合にはビデオ撮影の義務を設けるなどして、拘束の実施過程を可視化することで不適切な身体拘束の実施を検証できるようにする必要があると問題提起しました。

 


 

ケリーさんの事例は精神科医療で起こったことで、一般病床や介護施設などにおける身体拘束とは実施背景や法律上のルールなどが異なります。しかし、長時間、身体の動きを拘束することで亡くなるリスクがあることや、ケアする体制を整備する必要性など、通ずる部分もあるのではないでしょうか。

 

看護roo!編集部 坂本朝子(@st_kangoroo

 

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