唯一輸血に困らなかった国、シリア|国境なき医師団看護師・白川優子さんインタビュー【3】
国境なき医師団の一員として、紛争の続くシリアで活動した看護師・白川優子さん。
シリアをはじめ、イエメン、パキスタンなど、イスラム教国での活動を重ねる白川さんは、「医療支援活動で大切なことは、セキュリティと、お邪魔している国の文化を守ること」だと言います。
Vol.3 唯一輸血に困らなかった国、シリア
白川優子さん(39)
看護師・国境なき医師団所属。2013年7月~9月、シリアにて活動。
埼玉県内の看護学校を卒業後、外科・オペ室・産婦人科勤務。その後オーストラリアにて看護学修士課程を修了・看護師として勤務。2010年よりNPO国境なき医師団に参加し、スリランカ、パキスタン、イエメン、シリアへ派遣。現在は日本をベースに、国境なき医師団や医療通訳などの活動を行う。
衛生面を犠牲にしても長袖シャツを着る必要性
イスラム圏では、女性は男性に肌を見せてはいけないとされています。それは治療時でも同じこと。
「生活していた家には外国人スタッフしかいないので、肌を出しても大丈夫だったのですが、緊急コールで呼ばれて病院にいくときは黒いベールをかぶらないといけなくて・・・夏だったので、汗だくでしたね。(笑)」
手術時にも、女性スタッフはベールをかぶったり、長袖のTシャツを着たりすることがあるそう。
衛生面から考えると、「長袖Tシャツを着て手術を行う」なんてありえないことですが、その地域の文化・宗教を尊重し、守るのは大切なポイントだと白川さんは言います。
「セキュリティと並ぶくらい大切なことです。
その国にお邪魔しているということもありますし、ケアをする者としても。
たとえば、患者さんが女性だった場合、男性ナースやドクターを嫌がる場合があります。
そういうときは事前にスタッフを女性に変更したり、麻酔がかかるまで私がずっと手を握って近くにいて、男性スタッフの姿を見せないようにしたりしました。
逆に男性患者さんの場合、かなり肌を露出する必要があるオペだと、現地の女性ナースは抵抗があったみたいです。もちろん仕事なので、基本的にはきちんとしてくれますが。
状況によっては、こちらが『今日はリカバリーでいいよ』と言うこともありました」
とはいえシリアはもともと比較的自由な風土だったようで、首都ダマスカスやアレッポで働いていた女性ナースの中には、「今はベールをかぶっているけど、働いていた病院ではかぶっていなかった」と言う方もいたそうです。
唯一輸血に困らなかった国、シリア
「シリアは、助け合いの文化が強い国といわれています。実際に行ってみてそれを実感しました。
例えば、輸血。どの国に行っても、輸血はいつも問題になるんですが、シリアは唯一困らなかった。
『今日は●型が足りない』っていうと、近くのモスクに避難している人たちがたくさん来てくれるんです。
ここが病院で、傷ついた人たちがいるってわかっているので、皆が『使ってくれ』って言って列になって。」
病院入り口に、武器持ち込み禁止のサインとともに掲示してあるアラビア語は、『院内に入る患者の介添人は、できるだけ少ない人数でお願いします』という意味なのだそうです。
白川さんは「こう書いておかないと、家族や友人が大量にお見舞いに来てしまって大変なんです」と笑います。
日本にいる私たちが報道で目にするのは、政治レベルのやりとりと、悲惨な争いの場面ばかり。
でも現地で白川さんが触れ合った「普通の市民」の姿は、それとはかけ離れています。
「みんな、私たちと同じように家族を愛し、友達を愛し、平和を愛している人たちです。
彼らと交流できることが何よりも楽しいし、人生の宝になります。」
「女性病棟に行くとね、ドアを閉めて、ベールを取って顔を見せてくれるんです。英語がちょっとわかる人は、『Thank You』って言って、手を握ってくれて。
部下のシリア人たちも、前回ここまで情勢がひどくなかったときは家に招待してくれて、ご家族や近所の人たちとランチやディナーのテーブルを囲むこともありました。
私はアジア人で、まったく顔も違うし、文化も違う。でもそうやってコミュニケーションをとってくれる。仲間を大切にする、すごくあたたかい人たちです。」
国境なき医師団にいるこの瞬間、夢が叶っている
白川さんは現在、国境なき医師団をベースに活動しています。
ひとつのプロジェクトは3ヶ月~半年ほど。プロジェクトが終わり日本にいるときは医療通訳の仕事で生計を立てているそうです。
国際協力というと、無償のボランティアのイメージがついてまわりますが、現実はどうなのでしょうか。
「国境なき医師団の活動では、報酬はまったくないわけではないです。また、プロジェクトに入ると、家を出てから帰るまで、その間の生活はすべて保障されるので、報酬に手をつけることはありません。」
国境なき医師団で活動する看護師の参加方法はさまざまで、病院に勤めながら1年に1度休みをもらってプロジェクトに参加する方や、2週間程度の短いプロジェクトにだけ参加する方などもいるそうです。
「いろんな参加の仕方がありますが、私の場合は、『来週から行って』って言われてもなるべく断りたくないんです。
なぜかというと、今、この瞬間が、私にとって『夢が叶っている瞬間』だから。
7歳のときにテレビのドキュメンタリーで見た『国境なき医師団』という文字に衝撃を受けてから、ずっとここで働くことを夢に見てきたんです。
『医療に国境はない』って意味でしょう。
すごいと思って。その衝撃が忘れられなかった。
看護師になろうと思ったのも、『国境なき医師団で働くために、人のサポートができる医療職に就きたい』と思ったからです。
もちろんずっと堅い意思を持ち続けられてたわけじゃないですよ。そりゃあ、看護学生時代の実習は本当に大変だったし。(笑)
でも、看護師の仕事をしながらふとしたときに思い出して、『やっぱりいつか行きたいな』とは思っていました。説明会で英語力のなさを痛感したから、オーストラリアにも行ったし。
だから今は、この活動を続けるためにフリーでいたい。
こんな風にできるのは、看護師だからかもしれませんね。
再就職ができるのは、看護師の強みだと思います。本当に。」
国際協力看護師・白川優子としてのこれから
白川さんは現在、媒体の取材や講演を積極的に受けているそうです。
シリアをはじめ、各地で見てきたものを多くの人に伝えることも、自分にしかできない仕事だという思いが沸いてきたのだと言います。
これから看護師としてのキャリアをどうお考えですか?と聞くと、白川さんらしい答えが返ってきました。
「うーん・・・ちょうど今考えてるところなんですよね。
ただひとつ言えるのは、次にどこかへの派遣を打診されたら、また行く、ということ。
そのためにも、折を見て日本やオーストラリアの医療機関で働いて学ぶことも必要だと考えています。
設備も少なく、限られた物品の中で臨機応変に対応しないといけないとき、日本やオーストラリアで学べる最先端医療の知識や経験は役に立つんです。
ベストの処置を知っていることで、『ベストはこうだけど、今はこれしかない。近づけるにはどうしたらいい?』と考えられるから。
その感覚を持ち続けるために、学べる場所にいたいとは思いますね。」
戦争で傷ついた人々や、医療の行き届かない地域の人々をケアするために、看護スキルだけでなく英語やアラビア語を身につけ、自分の身を危険にさらして活動する・・・
白川さんの話を平和で安全な日本で聞くと、どうしても遠い物語のように感じてしまいます。
そう伝えると、白川さんは「私自身は何も特別じゃない、普通の日本の看護師ですよ」と即答しました。
「私はたまたま国境なき医師団という、ちょっと特殊な場所で働いているけれど、ただ看護が好きで続けているだけなんです。
看護師をしている自分が好き、なのかな。
それは日本やオーストラリアにいたときも、国境なき医師団で海外に行くようになった今も変わりません。」
一人の日本人看護師として、どこで誰をケアするのか。
白川さんの背中越しに見えた『ケアを待っている人たちの姿』は、世界中にあふれています。
その世界の一端、日本で働く看護師さんに向けて、何かメッセージはありますか?と、最後に質問すると、白川さんはこう答えてくれました。
「私にとってはここがいちばん活きる場所だったように、皆それぞれに活きる場所があると思うんです。
だから、皆がその場所を見つけて、そこで看護ができたら・・・頑張れたらいいなあと思います。」
白川優子さん(39)
看護師・国境なき医師団所属
埼玉県内の看護学校を卒業後、外科・オペ室・産婦人科勤務。その後オーストラリアにて看護学修士課程を修了・看護師として勤務。2010年よりNPO国境なき医師団に参加し、スリランカ、パキスタン、イエメン、シリアへ派遣。現在は日本をベースに、国境なき医師団や医療通訳などの活動を行う。
【国境なき医師団・白川優子さんインタビュー】
Vol.3 唯一輸血に困らなかった国、シリア
【取材協力】国境なき医師団日本 http://www.msf.or.jp/
■派遣スタッフを募集しています。
国境なき医師団日本では、海外派遣に参加するスタッフを随時募集しています。
募集職種は、医師や看護師など医療従事者だけでなく、ロジスティシャン、アドミニストレーターなどの非医療従事者も対象です。
派遣スタッフによる活動報告会や募集説明会も全国で開催しており、経験者に直接話を聞いたり質問したりすることも可能です。
詳しくは、国境なき医師団ホームページでご確認ください。
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