「被災地で何もできなかった」から出発した災害看護への思い
「被災地で何もできなかった」から出発した災害看護への思い|災害看護専門看護師
災害看護専門看護師
登谷 美知子(とや・みちこ)さん
石川県立中央病院 高度集中治療センター 救急集中治療室(ECU
▼2019年度、福井大学大学院 医学系研究科 修士課程 修了
▼2020年度~、災害看護専門看護師
地震や台風・水害など、大規模な自然災害が毎年のように起こる日本。
2017年から認定が始まった災害看護専門看護師は、発災直後から復興までの長期にわたる支援はもちろん、平時からの備えにも「看護の視点」を生かすべく、活躍が期待される存在です。
登谷美知子さん(石川県立中央病院)は、全国で27人※1という災害看護専門看護師の1人。その出発点となったのは「被災地で何もできなかった」という思いでした。
※1)2021年12月現在
災害が起きたとき、看護師は何をすればいいの?
登谷さんが初めて災害現場に足を踏み入れたのは、地元・石川で起きた能登半島地震(2007年)※2でした。県の基幹災害拠点病院でもある県立中央病院でHCUに勤務していた登谷さんは、救護班メンバーとして直後に現地入りしたものの、
「災害看護の知識もノウハウもない。いくつかの避難所を文字通り、『ただ見てきただけ』でした」
と振り返ります。
※2)能登半島地震:2007年3月25日、能登半島沖で地震(マグニチュード6.9)が発生。七尾市、輪島市、穴水町で震度6強を観測した。死者1人、負傷者336人などの被害を出した。
「看護師として何もできなかったな…という思いで戻ってきたんですが、じゃあ、災害が起きたとき、看護師は何をすればいいの? どう動けばよかったの?と。これが災害看護の道に進む最初の一歩でした」
何もできなかったからこそ知りたい!と、その年、登谷さんはDMAT隊員の資格を取得。災害急性期の医療活動について学び始めました。
見て触れて聞いて…避難所で感じた看護の原点
DMATの資格取得からまもなく、登谷さんにとってもう一つのターニングポイントが訪れます。同じ2007年に起きた新潟県中越沖地震※3です。
※3)新潟県中越沖地震:2007年7月16日、新潟県上中越沖で地震(マグニチュード6.8)が発生。柏崎市、長岡市などで震度6強を観測した。死者15人、負傷者2345人などの被害を出し、最大1万2700人余りの住民が避難所生活を送った。
発生から数日が経過した被災地に入り、複数の避難所での健康管理を担当することになった登谷さんたちのチームは、避難所内に救護所を開設しました。
プライバシーが守られる環境になって初めて、「眠れない」「実は薬がなくなってて…」と打ち明けてくれるようになった被災者や、医師の診察を受けながら「自宅が全壊してしまった」と涙を流す被災者らに寄り添ったという登谷さん。
「モニターもなく薬も不足する中ですが、目の前の人に見て触れて聞いて、その人がその人らしく立ち向かっていける活力を促進する。それは看護だ…!と、ドンと腹に落ちた感覚でした」
さらに、登谷さんがハッとしたのが、自衛隊が避難所に設置した簡易入浴施設だったと言います。
久しぶりのお風呂に入れた被災者の表情が、一様に明るく、元気になるのを目の当たりにし、「基本の生理的ニーズを満たすケア」の重要性にあらためて気付かされたそう。
災害看護は急性期の医療だけではない、被災された方が「自分自身を取り戻す」ための支援も必要なんだと、強く実感した瞬間でした。
その後、東日本大震災や熊本地震での支援活動も経て、より長期的・俯瞰的な視点で被災者をケアする看護を目指そうと、災害看護専門看護師の資格を取得しました。
「コロナは災害」院内外の体制強化に注力
登谷さんが現在、活動の主軸としているのは人材育成です。近年、地震活動が活発になり、2022年6月にも震度6弱を観測する地震が発生した石川県。
いざ災害が起きたときに活動できる人材、リーダーシップを発揮できる人材を地域に育てていくことは、「専門看護師としての使命と思っています」と危機感を強めます。
そんな活動の一つが、院内の災害委員会と連携して実施している各病棟での「環境ラウンド」。
災害時、患者さんの避難の妨げとなるものが通路にないか、避難時に持ち出すものがまとまっているか、ベッドサイドのラインやコード類は絡まっていないか――。
「災害への備えって特別なものじゃない。通路やベッド周りを整理するとか、普段の看護の延長にある身近な備えが有効なんです。そう理解してもらうには、各病棟を回ってポジティブにフィードバックしたほうが、会議するよりも届くなって(笑)」
また、現場での人材育成の一方で、病院の経営幹部や事務部門などへの働きかけ、地域の保健福祉関係者との連携などにも、専門看護師としての調整力を発揮しています。
特に、今回の新型コロナは「災害」であると捉えることで、災害対応のノウハウを取り入れられるとして、出勤できないスタッフが増える中での人員調整、疲弊したナースへのアセスメントやケアなど、看護部長や感染管理認定看護師らとともに、体制強化に取り組んでいます。
災害看護専門看護師がいることは、災害時だけじゃなく、普段の看護の質向上につながる。そう思わせる実践を登谷さんは日々、重ねています。
看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko)
(参考)
平成19年(2007年)新潟県中越沖地震(内閣府)
石川県能登地方の地震活動について(気象庁)
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