リエゾンナースは「ケアの仕組み化」で現場の、地域のニーズに応える
リエゾンナースは「ケアの仕組み化」で現場の、地域のニーズに応える
精神看護専門看護師
奥野 史子(おくの・ふみこ)さん
伊勢赤十字病院 看護部 精神科身体合併症病棟師長
▼2010年度、聖路加国際大学大学院 看護学研究科 博士前期課程 修了
▼2011年度~、精神看護専門看護師
身体疾患を抱えながら精神的ケアを必要とする患者さんなど、「身体」と「心」のケアをつなぎ、橋渡しをするリエゾンナース(精神看護専門看護師)。
「私がやりたいのはこれだ!」と学生時代から憧れていたという奥野史子さん(伊勢赤十字病院・三重)は現在、リエゾンナースとして、地域の3次救急を担う基幹病院で手腕を発揮しています。
認知症・せん妄ケアに疲弊していた看護師たち
「『患者さんのため』はもちろんですが、やっぱり専門看護師って現場の看護師のためのリソースでもあると思うんです」
こう話す奥野さんは、精神看護専門看護師として4年前、伊勢赤十字病院に入職した当初から取り組む「認知症・せん妄ケアフローの構築」について振り返ります。
高齢化とともに、認知症・せん妄のある患者さんへの対応は、一般急性期医療において大きな課題となっています。伊勢赤十字病院でも当時、転倒転落・自己抜去などの対応に追われて、現場は疲弊。患者さんの身体拘束を増やさざるを得ない状況だったそう。
看護師の負担が軽くなり、患者さんに質の高い看護を提供できる、病院全体の認知症・せん妄ケアフローを作ってほしい…!
これが、精神看護のスペシャリストとして奥野さんに求められたミッションでした。
前職の聖路加国際病院でも「せん妄の予防・対応アルゴリズム」を開発し、病院全体で連携しながら導入・運用を進めてきた実績を持つ奥野さん。
「失敗できない…!とプレッシャーでした。けど、一番大変な思いをしているのは、やっぱり病棟にいる現場の看護師たちだから…」
と少し言葉を切り、続けます。
「だから、みんなが力を発揮できて、病院全体の看護の質がアップするような仕組みをつくる。それは、現場のためのリソースである専門看護師こそ取り組むべき役割だな、と思いました」
正論を押し付けない、「組織アセスメント」がカギ
新たなケアシステムを提案するとき、奥野さんが大事にしてきたのは「正論の押し付けはしない」ということ。
「専門看護師が考えた仕組み・フローが正しかったとしても、実際の現場で受け入れられるかどうかは別です。『それが正しいのはわかるけど、でも、できないんだよな~』ということってありますもんね」
現場に本当にフィットする提案をできるかが一番のカギだ、と強調します。そのために奥野さんが力を入れたのは「所属組織のアセスメント」です。
数カ月かけて院内すべての病棟をローテーションし、それぞれの業務を経験することで、どの病棟にどんな患者さんがいて、看護師は何に困っているのかを把握。部署に根付いている風土や、医師ら他職種とのパワーバランスにも目を配り、
「何からどんなふうに始めて、誰と協力すれば効果的に進められるのか、組織に合わせた“戦略”を立てました」(奥野さん)。
そうして導き出した戦略は、たとえば、次のようなこと。
- 専門看護師1人からの押し付けにならないように、看護部「認知症せん妄ケアリンクナース会」の活動としてケアフロー作成に取り組む
- まずは、看護の個別性が求められる認知症ケアのフロー整備を優先。実践を通じて、看護師一人一人の認知症対応スキルを高める
- 各病棟で週1回、専門看護師と認知症認定看護師が参加する「認知症ケアカンファレンス」を開き、現場の実践をきめ細かくサポートする
- せん妄の予防・対応は、術後せん妄が多く、効果を実感しやすいICUで集中治療領域用フローを先行導入。その後、一般病棟用フローの作成・導入へと広げていくことで病院全体のスムーズな運用を図る
奥野さんは「私一人じゃできないことばかり。みんなの力を借りて、みんなに力を出してもらって初めてできたことです」と言います。
取り組みへの理解は確実に院内に広がり、フローは認知症・せん妄患者さんへの標準ケアとして浸透。せん妄の発症率や転倒転落の発生率の減少など、明確な成果もそろそろ見込める段階に来ているそう。
客観的なデータによる検証が大切だと強調する一方で、これは主観的かもしれませんが、とうれしそうに話します。
「私が何より効果を実感しているのは、自信を持って対応する現場の看護師たちの姿なんです。『大丈夫です、この患者さんはこうケアすれば落ち着かれますから!』と誇らしげに言ってくれて、患者さんも安心して過ごされているのがわかるんですよ」
地域ニーズに応える新病棟の師長として
伊勢赤十字病院では2021年9月、新たに「精神科身体合併症病棟」が開設されました。奥野さんは自身のキャリアとして初めての病棟師長を務めています。
精神疾患のためにがんや心臓疾患などの治療がスムーズにいかない、
自殺企図により救急搬送された、
身体疾患で入院中に抑うつ状態やせん妄が現れ、自傷・他害の恐れがある、
など、高度な身体的・精神的ケアが必要な患者さんの受け皿が足りない中、地域のニーズに応えるべくスタートした新病棟。
身体的治療と精神的治療の間にある溝を埋めるリエゾンナースとして、また、新たなケアを提供していく病棟の師長として、奥野さんには今、たくさんのやりたいこと・やるべきことが見えています。
「みんなの力を出してもらえれば、きっとできる。自分の役割はそこにある」
専門看護師として培ってきたものが、奥野さんの新しい挑戦を支えています。
(参考)
奥野史子.アルゴリズムの開発と院内のケアシステムにおけるせん妄ケアの強化 急性期病院におけるせん妄を病院全体で減らそう!.看護管理,29(3),235-241
看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko)
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