急性呼吸窮迫症候群(ARDS)
『本当に大切なことが1冊でわかる呼吸器』(照林社)より転載、Web掲載にあたり一部改変。
内容は書籍刊行当時のもの。
今回は急性呼吸窮迫症候群(ARDS)について解説します。
古厩智美
さいたま赤十字病院高度救命救急センターHCU看護係長
急性・重症患者看護専門看護師
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)とは?
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)とは、先行する基礎疾患・外傷をもち急性に発症した低酸素血症で、胸部X線写真上では両側性の肺浸潤影を認め、かつその原因が心不全、腎不全、血管内水分過剰のみでは説明できない病態の総称です1)(表1)。通常の酸素投与のみでは改善しない高度な低酸素血症を特徴とします。
memo:症候群
同時に起きる一連の症候のこと。原因不明ながら共通の病態(自他覚症状・検査所見・画像所見など)を示す患者さんが多い場合に、そのような症状の集まりに名をつけ扱いやすくしたもの。
敗血症、肺炎、誤嚥、溺水、熱傷、外傷、急性膵炎など、さまざまな基礎疾患に続発する重症の急性呼吸不全で、肺への直接的または間接的な侵襲によって1週間以内に発症します。
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患者さんはどんな状態?
ARDSでは、血管内皮と肺胞上皮の細胞傷害を伴う肺の高度の炎症が生じ、肺微小血管内皮および肺胞上皮の透過性亢進が起こります(図1)。
その結果、血管・気管支周囲の間質内に水分が漏出・貯留し、間質性肺水腫の状態になります。さらに、肺胞上皮まで傷害されると血漿成分を含んだ滲出液が肺胞腔内に充満し、肺胞性肺水腫の状態となります。
memo:肺胞壁の構造と肺サーファクタント
肺胞壁を構成する1層の細胞(肺胞上皮)には、薄くのびるように広がったI型肺胞上皮細胞(扁平肺胞細胞)と、丸く盛り上がったII型肺胞上皮細胞(大肺胞細胞)の2種類がある。
I型肺胞上皮細胞が主としてガス交換を担い、II型肺胞上皮細胞は肺サーファクタントという界面活性剤を肺胞上皮の表面に分泌することで、表面張力よって肺胞がつぶれるのを防ぐ重要なはたらきを担っている。
ARDSの病期分類は表2のとおりです。
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どんな検査をして診断する?
臨床所見、生理検査所見、X線、CTで診断します。
X線やCTなどの胸部画像で両側に広範な浸潤影を認めます(図2)。肺炎など肺自体に原因がある場合と、肺以外の疾患に続発する場合があります。
ARDSの新しい診断基準のポイント(表3)と重症度分類(表4)は下記のとおりです。
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どんな治療を行う?
原疾患の治療
ARDSは、敗血症、肺炎、誤嚥、溺水、熱傷、外傷、急性膵炎など、さまざまな基礎疾患に続発する重症の急性呼吸不全であることから、ARDSを引き起こしたこれらの原因を治療しなければ、呼吸状態は改善しません。
呼吸管理
患者さんの呼吸状態を常に観察し、なるべく早く人工呼吸器を離脱できるようにすることと、肺保護戦略が治療の2つの柱といわれています。
呼吸管理には、NPPV、人工呼吸器、ECMOを使用します。
気管挿管・人工呼吸器管理
ARDSの肺保護戦略として、換気による過大な負荷を肺胞にかけないこと、末梢気道の改善を目的に行います。
低1回換気量(6~8mL/kg〔予測体重〕、オープンラング(高めのPEEP)で行います。ただし、高めのPEEPといっても、循環動態への影響も考慮します。最近では、食道内圧をモニタリングすることで経肺圧を推定し、PEEP値を設定するという方法もあります。
memo:食道内圧と経肺圧
気道内と胸腔内の圧変動を知ることができる。食道は心臓の後ろ側にあり胸腔に近い場所であるため、食道内圧は胸腔内圧に最も近似した値をモニターできるといわれている。
腹臥位療法
肺の換気血流比は、体位によって変化が生じます。肺胞の換気と高さの関係から、仰臥位では背側の肺胞換気量と換気血流比が少なくなりますが、腹臥位では腹側と背側との換気量の差は少なく、換気血流比が均一になります。この機序を利用し、ARDSの患者さんでは、酸素化の改善を目的に腹臥位療法を行います。
筋弛緩薬
発症早期(48時間以内)に限定して筋弛緩薬の投与を行います。
体外式膜型人工肺(ECMO)
ECMOは、ポンプを用いて脱血し、人工肺でガス交換を行った後、患者さんへ返血するしくみの医療機器です。通常の人工呼吸器管理では管理不能の重症呼吸不全や、心不全を合併する重症循環不全の患者さんに対して用いられます。
呼吸不全のみに対しては、静脈脱血−静脈送血のV-V ECMOが選択されます。
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看護師は何に注意する?
人工呼吸器関連肺炎(VAP)、PICS、ICU-AWの予防のため、人工呼吸関連肺炎予防バンドル(VAP bundle)やABCDEFバンドルに基づきケアを行います。
人工呼吸器関連肺炎(VAP)の予防
VAP発症患者さんの死亡率は、30%ほどともいわれています。危険因子としては、長期人工呼吸器管理、再挿管、原疾患、顕性・不顕性誤嚥、筋弛緩薬の使用、気管チューブのカフ内圧の低い設定、移送、仰臥位などが挙げられています。
VAPの発症要因(表5)に対する5つの柱を基本とした対策として、日本集中治療医学会ICU機能評価委員会が「人工呼吸関連肺炎予防バンドル 2010改訂版」(表6)を提示しています。
PICSとICU-AWの予防
ICU在室中あるいは退室後や退院後に生じる身体障害、認知機能・精神の障害はPICS(post intensive care syndrome)と定義され、注目されています(図3)。
身体機能障害は、廃用障害と異なり、肺機能障害、神経筋障害、全般的身体機能障害が含まれています。このうち、特に重症疾患の罹患後に左右対称性の四肢のびまん性の筋力低下を呈する症候群をICU-AW(ICU-acquired weakness)と呼びます。
ICU-AWになることで、人工呼吸器管理の期間が延長するだけでなく、在院期間も延長し、死亡率も増加します。また、数か月から数年にわたって身体機能を低下させます。
ICU-AWに対する有効な治療法は確立されていません。
危険因子として、以下のものが挙げられています(表7)。
このうち、不動化に対しては早期リハビリテーション、高血糖に対しては血糖コントロールなどの介入が可能です。ABCDEFバンドルで包括的に介入することが重要となります(表8)。
人工呼吸器離脱に関しては、「人工呼吸器離脱に関する3学会合同プロトコル」9)が提示されているため、上記のバンドルとあわせて患者状態のアセスメントとケア提供に取り入れます。
人工呼吸器管理のポイントは、表9のとおりです。
腹臥位療法の注意点
腹臥位にするとすみやかに不均衡が改善するわけでなく、徐々に背側の換気が増加するという特徴があるため、一定程度以上の施行が必要となります。
腹臥位にする際には、点滴ライン・挿管チューブのトラブル、圧挫創形成のリスクがあるため、人数を確保して、これらに注意しながら行います。
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急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の看護の経過
急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の看護の経過は以下のとおりです(表10-1、表10-2、表10)。
表10-1 急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の看護の経過(急性期)
表10-2 急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の看護の経過(一般病棟・自宅療養(外来)に向けて)
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本連載は株式会社照林社の提供により掲載しています。
書籍「本当に大切なことが1冊でわかる 呼吸器」のより詳しい特徴、おすすめポイントはこちら。
[出典] 『本当に大切なことが1冊でわかる 呼吸器』 編集/さいたま赤十字病院看護部/2021年3月刊行/ 照林社