退院支援が事例でわかる【6】|本人の意思が置いてきぼりだった山下さんのケース
このイラストのように、退院に際して多くの課題があるとき、あなたならどう支援しますか?
この連載では退院支援について、退院調整看護師が経験した事例を基に具体的に解説します(これまでのお話はこちら)。
今回は、退院に向けて本人の意思が置いてきぼりだった山下さんのケースを紹介します。
【執筆:岩本まこ(退院調整看護師)】
退院支援が事例でわかる
Vol.6 本人の意思が置いてきぼりだった生活保護受給中の山下さんのケース
山下さんは70代の女性。
私が勤務する病院へは、右大腿骨頸部骨折手術後のリハビリ目的で入院していました。
前医で受けた手術も観血的整復固定術であったため、早期離床をし、順調にリハビリを進めていました。
生活保護受給中であり、生活保護のケースワーカー・施設調整の担当者・次女が相談し、退院後に入所する施設を決定していました。
本人には「入院中に施設を見学したうえで退院後に入所しますよ」という旨が伝えられている状態でした。
しかし、退院のメドがついてきた頃、山下さんが「施設には行かない」と言い始めたのです。
なぜ今になって言い出したのか、疑問に思いつつも、退院調整看護師の私は、まず山下さんの退院に関して課題と思われる点を洗い出すことにしました。
山下さんの退院に関して課題と思われる点
まず、最初に判明した山下さんの退院に関して課題と思われる点を挙げてみました。
・生活保護受給中
・自宅で長女と2人暮らし
・山下さん/長女/別居の次女は3人とも軽度の知的障害がある
・同居の長女は引きこもりで、山下さんの入院前は、山下さんが長女の世話をしていた
・次女は、山下さんが長女の世話をする負担を心配して施設に入所させたいと思っている
・市区町村の生活保護担当(ケースワーカー:大塚さん)が介入し、施設見学をする予定だったが、山下さんが拒否した
これらを踏まえて、私は山下さんの話を聞いてみることにしました。
山下さんとの最初の会話
私が山下さんとはじめて話したのは、入院10日目のことです。
「山下さん、運動はうまくできていますか?」
「うん。この前は歩行器を使って廊下を歩いたの」
「そうなんですね。頑張っていますね」
「でもね、下の娘(次女)は私を施設に行かせるつもりなの」
「施設ですか?」
「そう。あんなところ、行きたくない。家で上の娘(長女)の世話をしないといけないから」
「長女さんと一緒に住んでいて、お世話をしないといけないんですね」
「そう。あの子は部屋から出てこないから、ごはんの片付けとか」
「ごはんの片付けとかは、山下さん大変ではないですか?」
「大変って言ったって、今までたくさん苦労してきたんだから気にならないよ」
このような会話をする中で「山下さんは長女と暮らしたい」ために、施設ではなく自宅に帰りたいと思っていることが見えてきました。
しかし、この段階で私は、
何とか山下さんが納得する形で施設入所を進められないかと考えていました。
山下さんの身体状況がこれまでと変わる中、自宅で長女と暮らすよりも関係者皆にとって良い選択なのではと考えたからです。
次に私は、当初の施設入所を決める過程に関わった市区町村の生活保護担当(ケースワーカー:大塚さん)と次女との面談を設定しました。
2人の意見としては、
「今回の骨折によって生活が制限されてくることを考えると、知的障害のある山下さん親子が自宅で生活することは難しい。次女も作業所での仕事があり、頻繁に山下さんの手伝いには行けない。次女は、山下さんの負担を軽減するために施設に入れたいと話していて、大塚さん自身も同じ意見だ」
であることがわかりました。
そこで私は大塚さんにひとつ質問をしました。
「山下さんは今まで長女さんと2人で生活していらしたのですよね?どのように生活をしていたのですか?」
「すみません。私も山下さんにまだ2回しかお会いしたことがないので…」
「それでは、以前の生活とこれからの生活がどれくらい変わるのかは判断しにくいですよね?」
「そうですね・・・」
そこで、今までの生活については次女から聴き、さらに質問をしました。
「次女さんは、今までのようにお母さんに負担がかかることが心配なのですね?」
「今回も家のことをしているときに転んで骨折した。長女は家のこと何もやらないから。私も離れて暮らしていてあまりお母さんの手伝いに行けないので」
「もし、お母さんの負担が少なくなるようだったら、また家に帰って長女さんと一緒に暮らすことは考えられますか?」
「家のことをして骨折したから、家のことを手伝ってくれる人がいて、できるだけお母さんが長女に関わらずに生活できるなら家でもいいと思います」
本人の意向が置いてきぼりだったことが明らかに
このように、それぞれの話をまとめてみると、施設に入所させたいという意見は大塚さんのとても曖昧な意見だということが見えてきました。
また、私自身もご本人を含め、長女、次女も知的障害があるということで自宅は考えにくいという先入観を持ってしまっていることに気づきました。
しかし、入院するまでの十数年の間、山下さんと長女との生活には大きな問題がなく、サービスによっては自宅に帰るという方向性も考えられます。
とはいえ、冒頭に述べた課題が解決しているわけではありません。
山下さんを支援していくためにどのような体制が考えられるのか…。
退院に向けた長い支援の道のりが始まりました。
次回へつづきます。
(参考)
NPO法人 日本医療ソーシャルワーク研究会 編:医療福祉総合ガイドブック 2018年度版(医学書院)
(編集部注)
本事例を公開するにあたり、プライバシー保護に配慮し、個人が特定されないように記載しています。
【文】岩本まこ
社会人経験を経て看護師になった30代。
総合病院での勤務を経て、現在は市中病院にてより良い退院支援について日々勉強中の退院調整看護師。
編集/坂本綾子(看護roo!編集部)
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