看護師は1つの医療事故で3つの法的責任を負う
看護師さんにとって、医療事故や医療訴訟は決して他人事ではありません。
ここでは、医療事故を起こしてしまったときに看護師さんが知っておくべき医療に関する法律を解説します。
第2話では、「患者さんを取り違えた事例」から学ぶ、「1つの医療事故で、看護師は3つの法的責任を負う」というお話です。
大磯義一郎
(浜松医科大学医学部「医療法学」教室)
患者さんを取り違えてしまった例を紹介しましたが、ここでは、このような医療事故の当事者となってしまった場合、看護師が負うべき法的責任について解説していきます。
看護師には、3つの法的責任があるんですよね。
それぞれの法的責任がどう違うのか、しっかり覚えていきたいと思います。
〈目次〉
- 看護師と、民事責任・刑事責任・行政責任の3つの法的責任
- 患者さんに生じた損害に対して金銭を支払う民事責任
- 重大な過失があった場合、懲役などに科される刑事責任
- 看護師免許に対する処分が課される行政責任
- まとめ
看護師と、民事責任・刑事責任・行政責任の3つの法的責任
看護師は、医療事故の当事者となった場合、1回(1件)の事故につき、民事責任と刑事責任、行政責任の3つの法的責任を負う可能性があります(図1)。
図1医療事故の際、看護師が負う3つの法的責任
患者さんに生じた損害に対して金銭を支払う民事責任
民事責任とは、医療者側の過失によって、患者さんの生命・身体などに損害を与えた場合、患者さんに発生した損害を金銭に換算して支払わなければならないという責任です。
本件(『身近な落とし穴! 患者取り違いで罰金50万円と1か月の業務停止!?』)の場合では、取り違えられてしまった患者さん(田中さんと木村さん)に行われた手術自体は無事に終わっていますので、患者さんが受けた損害は、入院費用などの実費と、精神的損害のみです。
しかし、もし患者さんが死亡してしまった場合には、患者さんがその後の生涯で得られるはずだった収入が逸失利益として請求されます。そのため、場合によっては、億単位の高額な請求をされることもあります。
万が一の場合に備え、損害賠償保険に加入する必要があります。
重大な過失があった場合、懲役などに科される刑事責任
刑事責任とは、過失によって、患者さんを死傷させてしまった場合、5年以下の懲役、もしくは禁錮、または100万円以下の罰金に処せられることです。
刑事責任は、過失・損害・因果関係という3つの要件によって成り立っています。この点は民事責任と同じですが、各々の法的責任の性質が異なることから、刑事責任と民事責任で求められる過失の程度には差があります。
簡単に言うと、民事責任は、患者さんに予期せぬ損害が発生した場合、ゆるやかに認められがちですが、刑事責任は、看護師に重大な過失がなければ罪として認められません。
これは、民事責任が「損害を公平に負担させること」を重視しているのに対し、刑事責任は個人の責任を重視しているためです。このため、民事責任を認められたとしても、刑事責任は認められないということもあり得ます。
看護師免許に対する処分が課される行政責任
行政責任とは、看護師免許に対する処分のことです。処分事由は複数定められていますが、現在の運用では、医療事故だけでなく、窃盗や人身事故などによって罰金以上の刑に処せられた場合に、行政処分が課されることになっています。
そのため、刑事訴訟で有罪にならなければ、行政処分が課せられることはありません。
memo行政処分にある3つの処分
保健師助産師看護師法(保助看法)の14条には、戒告、3年以内の業務の停止、免許の取消しの3つの行政処分が定められています。
なお、行政処分が課せられる条件は、同法9条の1号に明記されている「罰金以上の刑に処せられた者」です。
*詳しくは、『Q & Aでわかる 看護師が処分の対象になる行政処分』を参照ください。
まとめ
医療事故の当事者となった場合、1つの医療事故でも、法的には3つの責任(民事責任、刑事責任、行政責任)を負う可能性があることを理解しておきましょう。
患者さんのために一生懸命仕事をしていても、残念ながら、人は誰でも間違えます(英語のことわざには、「to err is human(過つはヒトの性)」という言葉があるほどです)。「間違えた人が悪い」と、医療従事者個人を非難するのではなく、組織の問題として損失補填を充実していくようになることが望まれます。
memoわが国でもようやく進んできている医療安全
本件(『身近な落とし穴! 患者取り違いで罰金50万円と1か月の業務停止!?』)を契機に、わが国でも医療安全が検討されるようになりました。
例えば、医療従事者が間違えても直ちに患者さんに被害が生じないようなシステム(フェイルセーフ)や、そもそも間違いが起こりにくいシステム(フールプルーフ)を作っていこうという努力もなされています(1)。
[次回]
第3話:Q & Aでわかる 看護師が処分の対象になる行政処分
[執筆者]
大磯義一郎
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 教授