《周術期看護に必要な生理学》手術侵襲による身体への影響

『本当に大切なことが1冊でわかる呼吸器』(照林社)より転載、Web掲載にあたり一部改変。
内容は書籍刊行当時のもの。
今回は手術侵襲による身体への影響について解説します。

 

 

古厩智美
さいたま赤十字病院高度救命救急センターHCU看護係長
急性・重症患者看護専門看護師
飯島尚美
さいたま赤十字病院中央手術室
手術看護認定看護師

 

 

侵襲

内部環境を一定に維持しようと調整するはたらき(ホメオスタシス)に変化をもたらすような外部刺激を侵襲といいます。手術操作による循環動態の変動や組織の損傷、手術部位露出による寒冷刺激や手術への不安、恐怖などの心理的ストレスなど、手術によって生じる侵襲は、手術侵襲と呼ばれます。

 

手術侵襲によって生じる局所的・全身的な防御反応を生体反応といい、サイトカインを中心とした炎症反応(免疫反応)神経・内分泌ホルモンの賊活化による反応によって、臓器や代謝に変化が生じます(図1)。

 

図1手術侵襲によって惹起される生体反応

手術侵襲によって惹起される生体反応

 

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炎症生体反応

生体は、手術、外傷、重症感染症などの侵襲を受けると、障害、感染を受けた部位のみだけでなく、全身からさまざまな生理活性物質(メディエーター)を放出し、生体の内部環境を回復して生存するための生体反応を起こします(図2)。

 

図2 侵襲に伴う生体反応のしくみ

侵襲に伴う生体反応のしくみ

★1 ACTH(adrenocorticotropic hormone)
★2 GH(growth hormone)
★3 ADH(antidiuretic hormone)

 

こうした反応は、外的障害に対する生態の生理的な応答反応であり、組織修復・免疫活性化に重要な役割を担っています。

 

しかし、炎症生体反応が相対的に過剰になると、その生態に有益な反応とは逆に、免疫抑制、臓器障害を惹起し、病態を悪化させます。

 

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炎症反応が全身に広がった場合

より強い侵襲によって、反応が局所にとどまらず、全身で炎症性サイトカインが過剰となった状態を全身性炎症反応症候群(SIRS;systemic inflammatory response syndrome)といいます。

 

抗炎症性サイトカインが過剰な場合は代償性抗炎症反応症候群(CARS;compensatory anti-inflammatory response syndrome)と呼ばれ、さらに進行した場合、免疫抑制や易感染状態から重症感染症を引き起こし、多臓器機能障害症候群(MODS;multiple organ dysfunction syndrome)を引き起こします。

 

術後、肺胞隔壁(血管内皮・肺胞上皮)の透過性亢進により、急性呼吸窮迫症候群(ARDS;acute respiratory distress syndrome)という非心原性肺水腫を引き起こすことがあります。

 

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侵襲時の体液分布の変化

体液は、体重の60%を占めています(図3)。その約40%が細胞内、約20%が細胞外(約5%が血漿、約15%が細胞間質液)に存在します。このうち、急性期重症患者で大きな変化を示すのは細胞外液量です。

 

図3 体液の分布

体液の分布

 

細胞間質には、細胞内でも細胞外でもない第3のスペースのようなフリースペースがあるわけではありません。炎症が起こると、血管透過性の亢進により血管から細胞間質へ水分が移動し、細胞間質のゲル構造が変化します。すると細胞間質の水分量や水の移動速度、ゲル構造が変化し、水分が細胞間質を自由に動くことができなくなります。炎症が落ち着くと水分が自由に動くようになります。

 

memo:グリコカリックス

血管内皮細胞の血管内腔表面にあるゲル状の層。炎症、手術侵襲、外傷、虚血再灌流、循環血液量過剰などの病態、血漿中の心房性ナトリウムペプチドの増加によって部分的に崩壊する。グリコカリックスが崩壊すると毛細血管壁の水・高分子透過性が増加し、より多くの水が血管内から細胞間質に漏出する。いったん崩壊すると、修復には数日かかる。

 

手術中の晶質液投与による細胞間質液量の増加は、全身において均一ではなく、手術部位である体幹において最も顕著になります(約10%の増加)。

 

細胞外液量が減少しているにもかかわらず、水が血管内から細胞間質に移動する現象は、侵襲により細胞間質に水を引き込む大きな駆動力が発生していると考えることができます。

 

手術侵襲時に、炎症に対する創傷治癒の初期過程としてのヒアルロン酸が産生され、細胞間質内のヒアルロン酸の膠質浸透圧の上昇により細胞間質ゲルが能動的に膨潤します。これに伴い、水が血管内から細胞間質に移動します。

 

侵襲時に細胞間質に引き込まれた水では、利尿薬を使用しても反応が不良ということがしばしば経験されます。

 

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侵襲時の輸液の目的

侵襲時の輸液の目的は、輸液により組織灌流を維持することです(表1)。

 

侵襲時には、血管や心拍出量などのマクロ循環が維持されても、ミクロ循環が障害されている状態という、マクロ循環とミクロ循環の乖離が生じます。

 

memo:ミクロ循環

組織への酸素供給・物質の交換がなされる微小循環系のことであり、細動脈・毛細血管・細静脈などがかかわる。

memo:マクロ循環

末梢血管への酸素供給の役割を果たす、血管や心臓を中心とした循環のこと。

 

表1 侵襲時の輸液の目的

侵襲時の輸液の目的

 

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手術侵襲が全身に及ぼす影響

手術によって引き起こされる各種の生体反応は、手術操作自体による直接的組織破壊による侵襲のみならず、手術中の出血、低血圧、麻酔、輸血、低体温など、さまざまな侵襲によって引き起こされます(表2)。

 

特に、開胸肺切除術や心臓血管外科手術など、長時間で出血量が多い手術や創部が大きい手術などでは、免疫機能が大きく低下すると考えられています。

 

表2 手術侵襲による各器官への影響

手術侵襲による各器官への影響

★1 無気肺
★2 換気血流比不均等
★3 気管挿管

 

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本連載は株式会社照林社の提供により掲載しています。

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[出典] 『本当に大切なことが1冊でわかる 呼吸器』 編集/さいたま赤十字病院看護部/2021年3月刊行/ 照林社

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