呼吸器疾患の災害時対応
『本当に大切なことが1冊でわかる呼吸器』(照林社)より転載、Web掲載にあたり一部改変。
内容は書籍刊行当時のもの。
今回は呼吸器疾患の災害時対応について解説します。
濱谷寿子
さいたま赤十字病院看護副部長
認定看護管理者
災害の定義
災害とは、国際的災害対策のパイオニアであるGunn博士によると、「人と環境との生態学的な関係における広範な破壊の結果、被災社会がそれと対応するのに非常な努力を要し、被災地域以外からの援助を必要とするほどの規模で生じた深刻かつ急激なできごと」と定義されています。つまり、被害を受ける多くの人間がいて、外部からの援助を必要としている非常事態ともいえます。
災害の種類は、大別して、自然災害、人為災害、特殊災害があります(図1)。
日本は地理的条件などから、地震、津波、風水害、火山噴火などの自然災害が発生しやすい国です。また、大型交通災害、マスギャザリング(群衆)災害などの人為災害や、CBRNE災害という特殊災害もあります。
memo:マスギャザリング(群衆)災害
限定された地域で、一定期間同じ目的で集合した多数の参加者と見物人の集団に発生する被害。少なくとも1,000人以上が集まるマラソンやスポーツイベント、コンサート、花火大会などが中心である。
memo:CBRNE災害
Chemical (化学)、Biological(生物)、Radiological(放射性物質)、Nuclear(核)、Explosive(爆発物)による災害。
自然災害では、広範囲の被害によるライフラインの寸断や行政機能の低下、医療機能不全などがみられます。一方、人為災害では被害が限局しているという特徴があり、それぞれに対応策が講じられます。
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自然災害時の呼吸器疾患の特徴
自然災害では、急性期や復興期など、フェーズによって疾病構造と医療活動が変化します。災害時には、災害による外傷や疾患および、衛生環境の悪化により発生する疾患が考えられます。
災害時には感染症は必発するものであり、破傷風やレジオネラ肺炎などの外因性感染症や、誤嚥性肺炎、細菌性肺炎などの内因性感染症対策は重要です。気管支喘息、肺炎、気管支炎の増加やCOPDの急性増悪は、過去のいろいろな災害時にも報告されています。
呼吸器疾患の増加の原因は、倒壊建造物による粉じん、消火活動の消火剤、避難所の環境悪化が主な原因といわれています。発災時期や災害種、範囲などの状況によって、津波肺、深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症の発生や、インフルエンザ、ノロウイルスなどの伝播が起こりやすくなります。
memo:津波肺
津波被災によって、罹患しやすい肺の疾患。津波が途中で巻き込んだ瓦礫や重油、細菌・真菌などを含む海水の誤嚥や吸入などにより、肺に炎症が起きる。化学的障害と感染が同時に起こり、難治例も多くみられる。
在宅酸素療法(HOT;home oxygen therapy)や人工呼吸器を装着している患者さんにとって、停電による酸素の供給途絶や人工呼吸器の停止は、生命にかかわる緊急事態です。また、慢性疾患で長期処方をされている外来通院患者さんの通院や投薬が中断されることで病状の悪化をまねくため、予防策と事態への介入が必要となります。
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在宅酸素療法、在宅人工呼吸療法中の災害対策
在宅酸素療法(HOT)外来では、患者さんの帰宅途中でトラブルが生じないよう、症状や酸素ボンベの残量を確認します。
入院中または外来では、患者さんと避難生活に関する備えについて、前もって情報交換しておくことが望ましいです(表1)。
表1 HOTの患者さんに必要な災害への備えと災害発生時の対応
HOTを受けている患者さんや家族には、災害時に対応できるよう、自己管理(酸素供給業者との連絡、セルフケア、内服など)能力や対処法を身につけてもらうことが重要です。
HOTや人工呼吸器管理を在宅で行う患者さんは、酸素供給業者との連絡体制をもとに、停電時のバッテリー使用、予備携帯酸素の使用手順、酸素供給などの対応策について説明を受けます。医療者は患者さんや業者、関係者からの情報提供によって、状況を把握します。
災害時に自宅損壊や停電などが発生した場合には、酸素供給業者のみの対応は困難であり、行政、保健所、災害拠点病院や地域の医療機関、訪問看護ステーションなどの連携が必要となります。自治体や病院によっては、HOTセンターの開設を計画している所があります。
memo:災害拠点病院
災害時の医療体制強化を目的に、厚生労働省が定めた要件に基づき、都道府県が指定するもの。要件として、災害時の多数傷病者受け入れ体制や医療派遣チーム、耐震構造、3日間の自家発電機能や備蓄、BCP策定など、診療継続に必要な備えが求められる。
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被災地域における呼吸器疾患患者さんへの看護
災害時には、被災状況や避難生活の環境変化から、健康障害を起こしやすくなります。呼吸器疾患をもつ患者さんは、急性期のフェーズ(発災から1週間程度)を乗り越えた後も、中長期的な災害関連の問題解決が必要となります(表2)。
避難所での支援
災害時には、発災直後から医療支援チームが介入し、災害対策本部や応急救護所での活動、病院支援、避難所巡回診療に従事します。
避難所巡回診療における衛生面の管理では、ライフライン、滞在スペースの区画や共有スペースの施設環境、動線に目を配り、アセスメントします。高齢者や障害者、乳幼児、感染症をもつ人は、別室や福祉避難所などへの移動を考慮し、管理者や災害対策本部との調整を図ります。
memo:避難行動要支援者支援制度
高齢者や障害者など、災害発生時に自らの力では避難が困難な人々を、地域(民生委員・児童委員、自治会、まちづくり協議会など)と市町村が連携して支援する取り組み。災害対策基本法に位置づけられており、支援を受けるには登録申請が必要。
被災状況にもよりますが、数日経つと地域周辺の病院やクリニックが診療活動を再開することで、一部の外来診療や薬剤処方などが可能となり得ます。
呼吸器疾患をもつ患者さんへの支援
手洗いやうがい、検温などの健康管理が行えているかに留意し、発熱、咳、発疹・炎症、開放創、嘔吐、下痢などの体調変化を確認します。症状がある場合は、避難所の保健班などに連絡するよう伝えます。
食事は、蛋白質や脂質を含め栄養バランスに配慮し、少ない量でもカロリーが摂取できるようにします。ケータリングや炊き出しの利用、調理可能でも、食欲がなく1日3回の食事が負担であれば、数回に分けて食べる、間食をする、栄養補助食品をとるなどの方法があります。
寒暖や風邪に注意し、粉じん・煙などの舞い上がる場所や、カビの発生など異臭のする場所を避けて生活すること、マスク着用や手洗い・含嗽などの清潔行動をとることを心がけてもらいます。また、休む際は床ではなく、数10cmほど高さのあるベッドを使用するのが望ましいです。
COPD、慢性気管支炎、肺気腫の患者さんは、普段から運動や作業を控えがちとされています。発熱や咳、息苦しさなどの症状がない場合は、定期的な運動を勧め、サルコペニアやフレイルを防止します。
動かないで長時間同じ姿勢でいると、深部静脈血栓症や肺塞栓症を発症することがあり、下肢の運動や水分補給、弾性ストッキングの着用、禁煙などが必要です。必要な物資や資源の供給手配とともに、下肢の浮腫の左右差、急な呼吸困難や胸の痛みを自覚した際は、医療機関へ受診することを説明します。
処方薬がなくなりそうな場合は、できるだけ早く、医療機関への連絡や管理者への相談を行います。
感染症や肺炎の徴候として、発熱、胸痛、長く続く咳、動悸、悪寒などがみられますが、高齢者は典型的な症状がわかりにくいときがあるため、「何となく元気がない」「ボーっとしている」などの変化を周囲の人が察知できるように説明します。
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本連載は株式会社照林社の提供により掲載しています。
書籍「本当に大切なことが1冊でわかる 呼吸器」のより詳しい特徴、おすすめポイントはこちら。
[出典] 『本当に大切なことが1冊でわかる 呼吸器』 編集/さいたま赤十字病院看護部/2021年3月刊行/ 照林社