ナースがかなえる、患者さんの「最後の夢」。末期がんの父が娘と歩いたバージンロード

娘の結婚式に出席する終末期のがん患者の男性の写真

(写真提供:かなえるナース、2018年5月撮影)

 

死ぬ前に愛する娘の結婚式に出たい

もう一度だけ、家族と温泉旅行に行きたい

遠く離れた故郷に帰って死にたい

 

病院のベッドで、住み慣れた家で、患者さんが人生の終わりに望むことはさまざまです。

 

そんな「最後の夢」をかなえたいと取り組む看護師さんを取材しました。

 

 

人に、暮らしに、医療のほうを合わせたい

看護師の前田和哉さんは2018年に「株式会社ハレ」(東京)を設立、医療的ケアが必要な人たちの外出や旅行などを支えるサービス「かなえるナースを展開しています。

 

「かなえるナース」を立ち上げた看護師の前田さんの写真

「かなえるナース」の前田和哉さん

 

3次救急病院でICUを5年経験した後、訪問看護へ。

 

「入院中は飲めなかったビールをうれしそうに飲む末期がんの利用者さんがいたんです。そうだ、ここは自分ちなんだからビール飲んだっていいんだ…って当たり前のことを思いました。

 

液体を飲み込むのが難しくなってきたのでビールにとろみ剤を入れてみたら、ブワーッと“メントスコーラ”になっちゃって、うわーって利用者さんと爆笑して」

 

治療が目的である病院とはまた違う、「医療のほうを人や暮らしに合わせるケア」が自分は好きなんだと実感した前田さん。

 

それでも、保険内の訪問看護では病院以外の外出への付き添いなどはできず、「旅行に行きたい」「墓参りに行きたい」という利用者さんの希望を実現できないことに、どこかやりきれなさも抱えていました。

 

 

死は悲しいけど、笑顔でいられた

前田さんの写真

 

「そんなころ、付き合っていた彼女の母親が乳がんと診断されて、処方された薬を見たら、もう長くないとわかってしまったんです」

 

お義母さんに娘の幸せな姿を見せたい、安心してもらいたい

 

前田さんたちはすぐに結婚を決め、彼女が成人式の撮影もした家族の思い出の写真館でフォトウェディングをすることにしました。

 

当日、お義母さんは以前と変わらず見えるような化粧を施し、髪はウィッグで整えて、ピシッとした黒留袖で参加。

 

痛みは薬で予防的にコントロールしながら、「いざとなったら看護師の新郎がいる」という安心に身を委ねて、撮影の間じゅう、娘のドレス姿を愛おしそうに眺めていたそう。

 

やりきった表情で病院に戻った3週間後、息を引き取りました。

 

「死は悲しかったけど、最後の生きがいに向かってみんなが笑顔でいられた。すごく強烈な体験だったんです。医療的な難しさを支えられる看護師がいれば、患者さんはいろんな最期をかなえられるんだと思えました」

 

この経験を原動力に、前田さんは「かなえるナース」サービスを立ち上げました。

 

「かなえるナース」利用者の写真

「スカイツリーに登ってみたい」。ストレッチャーで展望台行きのエレベーターに乗る依頼者と前田さん=右(写真提供:かなえるナース、2019年6月撮影)

 

 

大好きな父とバージンロードを歩きたい

最初の依頼者は、終末期のがん患者の父親とご家族。

 

「大好きなお父さんに、どうしても結婚式に参列してほしい」という娘さんの願いをかなえることでした。

 

ストレッチャーで横になっている父の額にそっと手を触れる、ウェディングドレスの娘の写真

最初の依頼は、終末期のがん患者さんご家族の結婚式のサポート(写真提供:かなえるナース、2018年5月撮影)

 

お父さんは衰弱が進んですでに起き上がることができず、ベッドに横たわっての移動でしたが、パリッとした礼装を身に着けて参列。

 

血圧の変化に注意しながら、慎重に慎重にベッドの角度を上げていき、しっかり身体を起こした父と娘がバージンロードを進みました。

 

せっかくのバージンロードですもん、やっぱり天井を向いたままじゃもったいないですから

 

僕たち看護師がサポートする以上、ただ付き添うだけじゃなく、医療的にどこまでならできるのかを見極めて、可能な限り『夢の理想形』に近づけたいんです」(前田さん)

 

シャンパングラスを手にするがん患者の父親の写真

「式の見せ場」を意識して慎重にベッドの角度を調整。乾杯や新婦と並ぶシーンでは身体を起こしていられるようにサポートした(写真提供:かなえるナース)

 

教会の式を終えたら病院に戻るはずだったお父さんは「やっぱり披露宴の乾杯までいる」と、グラスのシャンパンも飲み干して周囲を驚かせたそう。

 

もう言葉も多くは出せないころでしたが、娘の姿を焼き付けるように見つめて涙を流し、数週間後に亡くなりました。

 

「かなえるナース」が持ち歩く道具の写真

「かなえるナース」の“7つ道具”。コームやリップクリーム、エチケットブラシなど、病床からハレの場へ向かう依頼者を美しく装うのも大切な「夢」の演出(写真提供:かなえるナース)

 

 

新型コロナで起きた依頼の変化

「かなえるナース」を利用して温泉に来た依頼者の写真

「大好きな温泉へ最後の家族旅行がしたい」という夢をかなえた依頼者(写真提供:かなえるナース、2019年2月撮影)

 

新型コロナの拡大で、「かなえるナース」に届く依頼にも少し変化が起きています。

 

それは、冠婚葬祭への出席や家族旅行など「ハレの日」のサポートではなく、自宅で看取るためのサポートの依頼が増えていること

 

コロナで入院中の面会に制限が設けられ、「それならば、自宅で最期を看取りたい」と希望する家族は少なくありません。

 

しかし、たとえば「在宅で家族がたんを吸引するやり方」がわからなくて不安だからと、退院をためらうケースもあるといいます。

 

自宅で再会する母と息子の写真

「かなえるナース」の利用料金は保険外で1時間5000円~。自宅での看取りをサポートしてほしいという依頼も増えているそう(写真提供:かなえるナース)

 

「コロナ前は、家族に器械の操作方法やケアのコツを指導するなど、病院が退院に向けたサポートができましたが、今は難しくなってしまいました。訪問看護でもサポートできますが、限られた訪問時間ではどうしても足りないときがある。

 

そこで、ご本人や家族が一番不安になりやすい『退院直後の数日間だけ、手厚くサポートしてくれる人がいれば家に帰れる』と、かなえるナースに依頼されるんです」

 

 

僕らはマイナーであり続ける

笑顔の前田さんの写真

 

患者さんやご家族の望む最期は多様化していますが、これからの医療を考えたとき、保険が適用される範囲内でありとあらゆる希望に応えるのは現実的ではありません

 

「保険外である僕らの事業は、けっして医療サービスのメジャーにはならないし、なってはいけないと思っています。

 

でも、今の医療からこぼれる希望をかなえるマイナーな存在は、患者さんやご家族の満足度を高めるだけでなく、『保険医療でできること・無理なこと』の線を引くうえでも役立つんじゃないかと思うんです」(前田さん)

 

かなえるナースには現在、病院などで働いている看護師5~6人が登録。契約スタッフとして依頼に対応していますが、「こんな看護、こんな働き方もあったんだ!と、みんな、新鮮さを感じてくれているみたいです」と前田さん。

 

「患者さんやご家族が迎える最期も、看護のあり方も、いろんなカタチがかなうといいなと思います」

 

※編集部注:記事中の事例は個人情報保護に十分配慮して記載しています。

 

看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko

 

 

 

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