苦労してないから辞めたくなる・・・ってどういうこと|ナースのお悩み処方箋【27】

「人は簡単に手に入るものは簡単に手放してしまう。だから、新人ほど簡単に辞める。でも……本当にそれでいいの?」

 

私が初めて指導した後輩は、一言で表現すれば『困ったちゃん』でした。
他の先輩看護師の指導がついていたのですが、少し注意されただけで、すぐ泣き、すぐ拗ね、ふてくされては仕事をしない子でした。

 

常勤の五年目看護師が「やってられない」とさじを投げてしまったため、当時五年目バイト看護師だった私に指導役が回ってきました。

 

バイトの身だからと断っても良かったのですが、自分自身もデキない看護師だった記憶があるので、引き受けてみました。
この若いデキない看護師がどういう子で、どんな思考回路をしているのか、興味があったことも否めませんが。

 

で、何日か一緒に行動してみた結果、この子の問題が見えてきました。

 

他人の生活に寄り添う仕事をしているという覚悟が、圧倒的に足りないのです。
若さゆえ、と言い切れなくもないのですが、だったら彼女の看護学校での数年間は無駄だったのではと言わざるを得ません。

 

とはいえ、その子の問題は見えても、それを相手にどう伝えたら良いのか、私には経験が足りませんでした。うまく伝えないと、ただいたずらに若い看護師の柔らかな心をを傷つけてしまいかねません。覚悟が足りないからといって、彼女の職業や未来までも奪いたいわけではないのです。

 

思案の結果、人生の大先輩でもあり、看護師としても先輩である病棟師長にフォローをお願いして、すぐに彼女を別室に呼び出しました。その頃の彼女は「辞めたい」と口にするようになっていたので、急いでケアする必要があると思いました。

 

別室にいるのは私だけかと思っていたらしい彼女は、師長の顔を見るなり泣き出しました。

 

「看護の仕事がこんなにも辛いとは思わなかった。
先輩は優しくないし、患者さんは意地悪だし!
こんなに頑張っているのに、私を叱る人ばかりで、誰も私を褒めてくれない!!」

 

……彼女の気持ちが、すごくわかる方も多いのではないでしょうか。
私もその一人です。

 

師長は頷きながら聞いていましたが、彼女の言い分が終わると、厳しい声でこのようなことを言ったのです。

 

「看護学校に入学したら、よほど勉強をサボるか、運が悪いかしなければ、免許は取れます。
でも、免許があるから看護師、というわけじゃありません。
免許は看護師としての仕事をするためのパスポートであって、あなたの身分を保障するものではないんです」

 

うなだれた彼女に、師長は優しく語りかけました。

 

「あなたは、看護師になるために、ほとんど苦労もしなかったのでしょう。
学校の勉強も、実習も、そんなに一所懸命にならなくても、楽にこなすことができた。
――だからこそ、そんな気楽に辞めるだなんて口にできるんです。
苦労した末に取った免許だったら、そう簡単に『辞める』なんて言わないものよ」

 

実際、師長の見抜いた通りだったようです。
彼女は看護学校での成績も悪くなく、実習でもあまり苦労もせずに卒業したのだとか。

 

今の若い看護師さんを見ていると、看護学校で苦労をしまくってたと言う人の方が少なくて、彼女たちは口を開けば「辞めたい」と言っているような気がします。

 

泣いている彼女に、私はこう提案しました。
「一度、本気で仕事に向き合ってごらん?
長い期間じゃなくてもいいから、その期間だけ、生活の中心が看護に関することにするの。
騙されたと思ってやってみ、面白いことが起こるから」

 

彼女自身、何か思うところがあったのでしょう。
最初の一週間は仕事に集中できなさそうな様子でしたが、その次の週くらいから、驚くほどの集中力で仕事に向き合っていました。

 

で、一ヶ月ほどで彼女は先輩たちと打ち解けて、最初に定めた期限に二ヶ月も経つ頃には、時々、新人らしいミスをするものの、病棟でもある程度の即戦力になった彼女がいました。

 

看護の仕事が楽しくなれば、辞めたいなんて思わないもの。
仲間もできてしまえば、辞めたい気持ちなんて、なかったかのような態度で仕事をするようになるものです。

 

人間、本気で向き合った物事に対しては、愛着が湧くものです。
仕事が面白くなくて、そろそろ辞めようかな、と思っているあなた、騙されたと思って、二ヶ月だけ頑張ってみませんか?
――それで面白くなければ辞めるなり、職場を変わるなりすればいいのです。

 

仕事に真剣に向き合ったという『事実』は、あなたの中に誰にも崩されない『自信』を築いているはずですから。

 

 


 【岡田久美】 兵庫県出身。看護書籍の編集とゲームシナリオライターを本業に、フリーの看護師として活躍中。いつでもどこでもどんなところでも勤務できるオールマイティな看護師を目指し、これまでの勤務職場は病院、クリニックなど30以上。

著書に「看護師の流した涙」(ぶんか社)がある。

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