今日の私は病棟ナース、明日の私は訪問看護師…そんな私もありかもしれない

 

今日は病棟、明日は訪問看護――

 

こんな垣根のない看護師のスタイルが実現するかもしれない…?

 

この看護師の新しい働き方を実現しようとしているのが、在宅医療で知られる医療法人社団焔(ほむら、東京)。運営する訪問看護ステーションと開設予定の病院が一体となってチャレンジしている取り組みを取材しました。

 

 

病院に戻った利用者さんの最後のお願い

訪問看護の道に入ったのは「病院以外を経験しておくのもいいかな、という軽い気持ちだった」と話す大倉さん

 

 

東京都内の訪問看護師・大倉直美さん(41)には、6年前、忘れられない出会いがありました。

 

そのころの大倉さんは、訪問看護を始めたばかり。急性期の病院で約10年バリバリやってきたのに、訪問看護では利用者さんやご家族とのコミュニケーションにつまずき、うまくいかないことの連続でした。

 

急速に状態が悪化していった末期がんの利用者さんとご家族に、いつどんな言葉をかけたらいいのか、気持ちのケアが何一つできないまま、とにかく必死に痰を吸引するだけ。

 

その吸引のさなかにスッと息を引き取られた瞬間、動揺した家族から

 

「さっきまで生きていたのに…!」

 

と責められる――。そんなケースも経験して、挫折感でいっぱいでした。

 

「利用者さんのおうちに来て、いったい何ができてたんだろ……と本当に情けなくて。

病院とは違う在宅のコミュニケーション、在宅のケアがわからなかったんです」

 

「そのころは看護師を辞めようかとも考えてました」

 

 

そんなときに担当することになった、ある女性の利用者さん。

 

「コミュニケーションの手がかりがつかめないから、とりあえずマッサージしてみようと(苦笑)。でも、そうやって毎回マッサージしてるうちに『あなたの手、気持ちいいわね』って、だんだんいろんな話をしてくれるようになったんです」

 

生い立ちや子どものころの話。

息子の嫁のちょっと気に入らないところ。

自分の病気のこと。

 

「手で触れて、ただ話を聞いて。それだけでも看護なのかな」

 

こんなふうに思い始めたとき、その利用者さんは再び入院。しばらくして、旦那さんから大倉さんへ電話がかかってきました。

 

「うちのやつは、たぶんもう退院できません。お願いです。病院に来てマッサージしてやってほしい。病院にもマッサージできる人はいると言われたんだけど、うちのやつ、あなたじゃなきゃ嫌だって」

 

 

あのときの私がマッサージに行けたなら

 

「うれしかった。看護師としての自信を失いかけていた私に、在宅でのケアってどんなことなのか、学ばせてくれた方でした」

 

でも結局、マッサージには行けないまま、その利用者さんは亡くなりました。

 

理由は、訪問看護師が出向いて入院患者の身体に触れることに、病院側と調整がつかなかったから。

 

それから6年。いくつかの訪問看護ステーションを経験し、大倉さんは現在、2020年春に開設された「おうちでよかった訪問看護」(東京・板橋)に勤務しています。

 

2021年春には同じグループの病院「おうちにかえろう病院」が近隣にオープンする予定で、この病院と訪問看護ステーションが一体となって、

 

今日は病棟で入院患者さんのケアを、

明日は訪問看護師として在宅の患者さんのところへ

 

という新しいナースの働き方をつくろうとしています。

 

「もし、これが本当にできたら『あのときの私』は、入院したあの人のマッサージに行けるだろうなって。

 

家から病院、病院から家。

 

環境変化で不安なときにも、自分の身体、自分の家、自分の気持ちを知ってる看護師がいるって、きっとすごい安心だと思うんです」

 

 

「在宅屋が病院をつくる」

2021年春に開設を予定する「おうちにかえろう病院」。地域包括ケア病床120床を予定している=画像提供:医療法人社団焔

 

「おうちでよかった訪問看護」「おうちにかえろう病院」、このちょっと変わった名前の医療機関を運営するのは、在宅医療の専門クリニック「やまと診療所」で知られる医療法人社団焔

 

この新病院プロジェクトのマネジャー・清水雅大さんは、

 

「在宅医療を専門にやってきた、われわれのような『在宅屋』が病院=入院医療をつくることに意味があるんじゃないか」

 

と考えています。

 

法人の新病院プロジェクトを手掛ける清水さん

 

「その人らしい自宅での生活を看取りまで支えるには、病院の入院医療が必要になることも多々ありますよね。

 

肺炎や骨折で集中的な治療が必要だったり、いざというときは病院で診てもらえるんだという本人や家族の安心感だったり。

 

だからこそ、病院と在宅の境目のない新しい医療モデルをつくりたい。在宅医療と同じ、その人らしく自宅で暮らすことを目的とした病院医療をやってみたいと思っているんです」

 

そのかなめとなる存在が、

「病棟と地域を自在に行き来できる看護師」です。

 

 

新しい看護師のスタイルへ

「おうちにかえろう病院」のオープンより1年早くスタートした訪問看護ステーションには、さまざまな経歴を持つナースが集まってきています。

 

看護師3年目の北野由佳子さん(34)も、その一人。一般企業で勤めた後、看護師に転身。総合病院で勤務し、この春、関心のあった訪問看護に飛び込みました。

 

この春から訪問看護師としてのスタートを切った北野さん(左)

 

まだまだ始めたばかりですが、「病院にいたときには気づかなかった『退院後の自宅での生活を見越して、病院でケアしておけたらいいなと思うこと』が、ちょっとだけ見えてきたような気がしています」(北野さん)。

 

 

難しいけど不可能じゃないはず、と清水さん

 

「今日は病棟、明日は在宅」

「午前は訪問、午後から病院」

このスタイルの実現に向け、看護師の配置シミュレーションなども始まりました。

 

「病院の人員基準や診療報酬上のルールなどもあって、実現まで少し時間がかかるかもしれませんが、新しい医療、新しい看護師のあり方を目指していく。難しいけど、不可能じゃないと信じています」(清水さん)

 

 

看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko

 

 

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