退院支援が事例でわかる【最終回】|患者さんの生活を左右する退院調整の重み
山下さんは(仮名)は、70代の女性。
右大腿骨頸部骨折手術後のリハビリ目的で当院に入院し、現在、自宅退院に向けて準備中(これまでのお話はこちら)です。
長女・次女との3人家族で、3人ともに軽度の知的障害があり、生活保護受給中であるなど経済的な課題も抱えていました。
今回は、山下さんの退院に向けて病院側で行った支援を中心にお伝えします。
【執筆:岩本まこ(退院調整看護師)】
連載:退院支援が事例でわかる
Vol.8(最終回)患者さんの生活を左右する退院調整の重み
山下さんの自宅退院に向けて、さまざまなサービスを手配したことは、前回お話した通りです(前回のお話)。
多くの関係者の協力により、自宅で生活するための基盤は整ってきました。
病院側としては、主に医療の側面で、山下さんの自宅療養を支援するために準備することがありました。
退院調整看護師(岩本)が行ったこと
私は、退院調整看護師として、病院・在宅、各担当者への全員の調整を行いました。
具体的には、以下のような支援を行いました。
■在宅サービス担当者との情報共有
在宅サービス担当者との連携が一番大きな役割でした。
在宅サービス担当者とは、具体的には、
訪問看護師、訪問介護士、社会福祉士(権利擁護の担当者)、社会福祉協議会の担当者、デイサービスの職員、宅配弁当業者です。
その他にも、通院先のクリニック、地域包括支援センター、市の障害福祉課、次女の作業所の所長にも情報を共有しました。
次女がどう山下さんに関わっていくのかを伝えることで、次女の仕事や生活への支援体制を整えるためです。
■各種面談、カンファレンスの招集
少人数でのカンファレンスは合計5回程度行いました。
全体のカンファレンスはメンバーが多少入れ替わっていますが(サービス追加の関係で)2回行い、連携を強めていきました。
プライマリーナースが行ったこと
プライマリーナースは、内服指導や訪問看護師との連携に尽力しました。
具体的には、以下のような支援を行いました。
・山下さんが管理しやすいよう内服カレンダーを作成
・内服カレンダーのほかに、張り紙を利用した内服指導を実施
(山下さんが内服しやすいように、試行錯誤を繰り返し、計3回修正)
・山下さんの不安を傾聴
・訪問看護師に入院中の情報を細かく共有
内服指導を中心に、自宅での生活に不安がないよう、退院前にきめ細かく指導をしていきました。
理学療法士(PT)・作業療法士(OT)が行ったこと
理学療法士と作業療法士は、山下さんが、日常生活において安全に行動できるように支援しました。
具体的には、以下のような支援を行いました。
・在宅サービス担当者に、山下さんとの関わり方について情報共有
・自宅内を想定した日常生活動作の訓練
・知的障害のある山下さんが、理解しやすく目に入りやすいように自宅用のポスターを作成
■在宅サービスとの連携
プライマリーナースと同じく、在宅療養を支えるサービス提供者に、病院での山下さんの様子を鑑みながら、関わり方について情報共有を行いました。
■自宅用のポスター作成
山下さんが、日々滞りなく穏やかに生活できるように、ポスターには下記の内容を盛り込みました。
1)毎日の基本的なスケジュール
2)デイサービスに行く時間や、デイサービスに行く際に準備するもの
3)訪問看護師・訪問介護士が訪問する曜日
4)安全に生活するために注意することや約束事
漢字にはふりがなを振るなど、山下さんのことを理解しているからこその工夫もみられました。
入院から2カ月で、やっと実現できた自宅退院
このように、医師が山下さんの治療を行う一方で、プライマリーナース、理学療法士、作業療法士、そして私自身も山下さんと家族が安心して退院できるように奔走しました。
そして入院から約2カ月―。
やっと山下さんとご家族が希望した生活ができる環境が整い、無事に自宅に退院することができたのです。
退院後の山下さんの生活
山下さんが退院して約1カ月が経つ頃。
ケアマネジャーからの電話がありました。
山下さんは楽しくデイサービスやデイケアに通い、その日の出来事を嬉しそうに訪問看護師に話してくれるそうです。
デイサービスやデイケアへの出発時間がわからず、外出の準備ができていないこともあるようですが、在宅サービス提供者と何度も話を重ねてきたので、各関係者が山下さんにとってより良い関わり方になるよう模索してくれているとのこと。
私たちが作成した内服カレンダーやポスターも大活躍しているそうです。
「できる限りの支援ができてよかった」と感じ、とても嬉しい電話でした。
もうひとつの嬉しいお話
嬉しいお話はもうひとつありました。
自宅に引きこもっていた長女ですが、部屋の外に出て訪問看護師らに挨拶をしたり、自分の食べたものを片付けるといった行動が少しずつ見られるようになったそうです。
山下さんがさまざまなサービスを使うことになり、自宅に複数の人が出入りすることで見られた変化とのこと。
たくさんの方が山下さんを支援することにより、家族にも良い影響があるのだと感じた出来事でした。
患者さんの生活を左右する、退院調整の重み
山下さんは、当院で2カ月の時間を過ごしました。
その間、何度も
「もしかしたら、やっぱり施設へ退院したほうがいいのかもしれない」
「自宅へ退院したら、早々に転倒してしまうかもしれない」
という考えが頭をよぎりました。
そんなことを考えると、退院調整看護師として、患者さんの希望を掘り下げつつも、ほんとうに最善の提案をできているのか、不安になるばかりでした。
また、当初、山下さんの意思が置いてきぼりだったことを考えると、反省すべき点がまだまだたくさんあります。
でも、結果として多くの人と連携をとることにより、現状、山下さんは今の生活に満足してくださっているそうです。
退院調整看護師は、患者さんの生活を大きく左右してしまうので、責任の重みを日々感じます。
でも、病院にも在宅にも、力強い味方が大勢いるのだ、その気持ちを胸にこれからも前向きにやっていきたいと思います。
今回で「退院支援が事例でわかる」は最終回です。
今まで、退院調整看護師として、本当に多くの患者さんと出会ってきました。
話し出したらきりがないほど、患者さんとご家族の人生や価値観は多種多様です。
それだけたくさんの患者さん・ご家族の大切な人生のひとときに、共にいることができたのだと思うと、感謝だったり、重みだったり、言葉にかえようのない感情が湧いてきます。
私のお話したことが、読者のみなさんのより良いケアにつながり、患者さんの穏やかな生活に役立ちましたら幸いです。
(編集部注)
本事例を公開するにあたり、プライバシー保護に配慮し、個人が特定されないように記載しています。
【文】岩本まこ
社会人経験を経て看護師になった30代。
総合病院での勤務を経て、現在は市中病院にてより良い退院支援について日々勉強中の退院調整看護師。
編集/坂本綾子(看護roo!編集部)
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