医療現場における音楽療法の役割―ジョアン・ローウィー博士インタビュー
音楽のあるホスピスから
最終回 音楽には「可能性」がある
(右:音楽療法を行うジョアン・ローウィー博士)
慢性疾患の患者にも効果がある音楽療法
近年、医療における音楽療法の効果がさまざまな研究結果から明らかになっています。中でも注目を集めているのが、「全人的ケア」の一環としての音楽療法の効果です。
全人的ケアとはホリスティックケア (holistic care)とも呼ばれています。
患者さんの身体だけではなく、精神面やスピリチュアリティーの側面、社会的立場など、総合的な観点からケアを提供することを指します。
全人的ケアはどのような患者さんにも大切ですが、慢性疾患や生命を脅かす病と共に生きている患者さんには特に重要です。
2015年にアメリカで、慢性疾患の患者さんへの音楽療法の研究結果が報告されました。
研究結果によれば、標準的なリハビリに加えて音楽療法を行った場合、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や他の慢性呼吸器症状をもった患者さんのうつ状態を軽減し、生活の質を向上させることがわかりました。
この研究は、ニューヨークにあるマウント・サイナイ・ベス・イスラエル医療センターのルイ・アームストロング音楽療法センター(The Louis Armstrong Center of Music and Medicine at Mount Sinai Beth Israel)の研究者によって行われ、医学雑誌「Respiratory Medicine」に掲載されました。
研究に携わったのは、米国認定音楽療法士でルイ・アームストロング音楽療法センターの代表を務めるジョアン・ローウィー博士です。
今回、医療分野における音楽療法の役割について、ローウィー博士にインタビューしました。
音楽にあるのは「効果」ではなく「可能性」
――慢性疾患の患者さんへのケアは、近年どのように変化していますか?
かつては主に、診断、罹患率、死亡率といった病気と直接的に関係する事柄に重点を置いたものでしたが、近年では焦点が変わってきています。
患者さんの文化、モチベーション、健康への認識、そして介護者や家族の方向性を明らかにすることで、患者さんの生活の質を維持し、向上させる方法に向かっていると思います。
――今回の研究は、COPDを含む慢性呼吸器疾患をもつ68人を対象としたランダム化比較試験でした。
ひとつのグループには標準的リハビリテーションのみが提供され、もうひとつのグループにはそれに加えて、週1回の音楽療法セッションが6回提供されました。どのような音楽療法セッションだったのでしょうか?
セッションでは、生演奏、患者さんにとって心地よい事象をイメージさせるビジュアライゼーション、楽器の演奏、歌唱を行い、呼吸法も組み込みました。
セッションは音楽療法が提供できる米国認定音楽療法士が行いました。患者さんの好みの音楽を取り入れ、自己表現や交流を促したのです。
――研究結果からわかったのはどのようなことでしょうか?
音楽療法を受けたグループは、うつ状態や呼吸困難の症状が改善し、疲労が低下しました。
――日本では「病院での音楽療法」というと、院内コンサートを思い浮かべる人が多いようです。病院で演奏するミュージシャンと認定音楽療法士の違いを教えてください。
音楽療法とは、特定の目標を達成するためにクライアントと米国認定音楽療法士の関係性の中において行われるものです。
大抵の場合、まずは医師、看護師またはソーシャルワーカーからの委託があり、その後、アセスメントに基づいて目標が設定されます。
対して、ミュージシャンにはアセスメントに基づいた目標はありませんし、行うことも違います。
病院のホールや待合室などで音楽を演奏することも価値のあることですが、音楽療法とは異なるのです。
――なぜ、音楽は有効だと思いますか?
私には音楽が「有効だ」という思い込みはありません。
音楽療法が精神的、身体的、スピリチュアリティーの側面、社会的立場に対応するためには、情報に基づいたアセスメントとチームの力が必要です。
人間の体には音とリズム(例えば心臓の鼓動や呼吸など)が含まれており、最適に機能するためにはそれらが統合されなければいけません。
そのため、音楽にはバイタルサインや気分を変えたり、過去の記憶を刺激したりする「可能性」があるのです。
全人的ケアができる音楽療法の普及を願って
ローウィー氏は医療における音楽療法の研究において、第一線で活躍されています。
彼女にはたくさんの臨床経験があるからこそ、素晴らしい研究ができるのだと思います。
患者さんの病気だけをみるのではなく、人として、その人の全体をみる「全人的ケア」は今後の医療現場において欠かせないと思います。
音楽療法は、全人的ケアができる数少ない分野のひとつですので、今後はさらに広く医療現場で取り入れられていくことを願います。
読者のみなさんへ
私はこれまでホスピスや緩和ケア病棟で多くの看護師さんに出会いました。
日本人でもアメリカ人でもナースは真面目で芯が強く、患者さん思いの人が多いです。私にとっていざという時に頼れる存在です。
意見が合わない場合でも、「患者さんのために何がベストか」という視点でアプローチすると必ずわかってくれると感じています。
音楽療法士もナースも患者さんを思う気持ちは一緒です。
忙しい中、ここまで読んでくださった読者の皆さまに心から感謝いたします。
(参考)
Canga B, et al:AIR: Advances in Respiration – Music therapy in the treatment of chronic pulmonary disease.Respir Med. 2015 Dec;109(12):1532-9
【佐藤由美子】
ホスピス緩和ケアを専門とする米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院音楽科を卒業後、オハイオ州シンシナティのホスピスで10年間音楽療法を実践。2013年に帰国。帰国後は青森県在住。15年からは青森慈恵会病院の緩和ケア病棟で音楽療法士として働いている。著書に『ラスト・ソング』(ポプラ社)、『死に逝く人は何を想うのか』(ポプラ社)がある。ハフィントンポスト(日本版)でBlog「佐藤由美子の音楽療法日記」を掲載中。
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