呼吸器疾患の手術療法
【大好評】看護roo!オンラインセミナー
『本当に大切なことが1冊でわかる呼吸器』(照林社)より転載、Web掲載にあたり一部改変。
内容は書籍刊行当時のもの。
今回は呼吸器疾患の手術療法について解説します。
飯島尚美
さいたま赤十字病院中央手術室
手術看護認定看護師
古厩智美
さいたま赤十字病院高度救命救急センターHCU看護係長
急性・重症患者看護専門看護師
どんな治療?
呼吸器外科では、肺の良性・悪性腫瘍、気腫性疾患、先天性肺疾患、肺感染症、縦隔疾患、胸膜疾患、胸壁疾患、横隔膜疾患、頸胸境界領域、肺移植適応疾患などの呼吸運動に関する諸臓器およびその周辺領域の疾患に対する手術を行っています。
肺を手術する場合でも、大きく胸を切開して行う開胸手術や、胸腔に内視鏡を挿入して行う胸腔鏡下手術など、手術部位や術式によって手術方法が異なります(図1)。近年では手術支援ロボットによるロボット支援手術も行われています。
目次に戻る
看護師は何に注意する?
術前の情報収集
麻酔や手術は患者さんにとって大きな侵襲となります。安全・安楽な周術期管理を行うために、表1の項目やNYHA分類、ASA-PS分類などを確認し、患者さんのリスク評価や合併症予防が行えるよう、術前から情報収集を行い、共有しましょう。
memo:ASA-PS分類
米国麻酔科学会(American Society of Anesthesiologists - physical status)の全身状態分類。ClassⅠ〜Ⅵで分類され、重症度が高いほど、周術期心停止率や死亡率が増加する。
緊急手術時には、最低限必要な情報として、アレルギー、薬物、既往歴(妊娠)、最終経口摂取、受傷機転などのAMPLEヒストリーを確認しましょう。
memo:AMPLEヒストリー
A(Allergy):アレルギー
M(Medication):服薬中の治療薬
P(Past history & Pregnancy):既往歴と妊娠
L(Last meal):最終経口摂取
E(Events & Environment):受傷機転(発症の経緯)や受傷現場の状況
呼吸器外科手術の流れと看護の注意点
1)手術室へ入室
患者さんの名前やID、手術部位の確認を行います。
看護のポイント
患者誤認や手術部位の取り違えがないよう、「手術安全チェックリスト」を用いて確認を行います。
memo:手術安全チェックリスト
WHO(世界保健機関)が誤認手術を含む医療事故防止のために作成した「安全な手術のためのガイドライン2009」に掲載されているチェックリスト。手術にかかわる医療スタッフ全員が安全の確認に参加することを提言しており、麻酔導入前、皮膚切開前、手術室退室前など手術の進行に合わせて、複数の確認項目を設けている。
手術台は幅が狭いため、患者さんが転落しないよう介助します。
麻酔導入前に必ず心電図、血圧計、パルスオキシメーターなどのモニターを装着し、バイタルサインを確認します。手術の妨げにならない位置に装着します。
2)硬膜外麻酔の実施
術後の疼痛管理のために、全身麻酔導入前に硬膜外麻酔を行うことがあります。
memo:硬膜外麻酔
硬膜外腔にカテーテルを挿入してオピオイドや局所麻酔薬を投与し、疼痛を除去・軽減する。
一般的には側臥位で行われ、背部より硬膜外カテーテルを挿入します。
看護のポイント
患者さんには側臥位になってもらい、臍を見るように首を曲げ、膝を曲げて背中を丸める姿勢をとってもらいます。看護師は、患者さんに簡易な言葉で説明するとともに手術台から転落しないよう身体を支えます。
患者さんに見えない位置で処置を行うため、様子を伺いながら声をかけ、不安や緊張の軽減に努めます。適切なタイミングで声をかけ、皮膚への局所麻酔や穿刺時など、苦痛がないか表情を観察するとともに、バイタルサインに変化がないか確認します。苦痛があるときや異常時は、すみやかに麻酔科医師に報告します。
合併症として、神経損傷、局所麻酔中毒、クモ膜下腔誤注、硬膜穿刺後頭痛などがあります。硬膜外血腫や硬膜外膿瘍などで脊髄や神経根が圧迫され麻痺が出現した場合は、緊急手術が必要になることがあります。
memo:患者自己調節鎮痛(PCA)
patient-controlled analgesia。術後に鎮痛薬を患者さん自身が必要に応じて投与できる方法。一定量の鎮痛薬が時間単位の速度で持続投与され、強い痛みが生じた際にボタンを押すことで、単回投与の追加が行える。投与経路は、硬膜外や静脈内などがある。
3)全身麻酔導入・挿管
全身麻酔は、鎮静、鎮痛、筋弛緩、有害な反射の抑制を目的とします。
呼吸器外科の手術では、適応により換気方法や気管チューブが選択されます(表2)。
左右の肺を別々に換気する分離肺換気ではダブルルーメンチューブ、一側を虚脱して対側を換気する片肺換気ではダブルルーメンチューブや気管支ブロッカー、シングルルーメンチューブなど、適応に合わせた気管チューブを選択します。
看護のポイント
麻酔導入後、麻酔科医師がマスク換気を行う際、胸郭の挙上、SpO2、カプノメーターを確認します。
換気が困難な場合は、頭の位置や高さを調整したり、下顎挙上やエアウェイの挿入を行うことがあります。迅速に物品の確保や介助を行いましょう。
挿管に必要な物品がすぐに使用できる状態であるかを確認します。また、挿管後は気管支鏡を用いて挿入位置の調節を行うため、介助に入ります。安全な気道管理が行えるように協力しましょう。
memo:挿管時に必要な物品
気管支鏡、潤滑剤、くもり止め、喉頭鏡(もしくはビデオ喉頭鏡など)、気管チューブ、スタイレット、接続コネクター、カフ注射器、クランプ鉗子、吸引など。
術中合併症の予防
深部静脈血栓症の予防
深部静脈血栓症(DVT;deep vein thrombosis)とは、血流の停滞、血液凝固能の亢進、血管内皮損傷により血栓が形成され、深部静脈の血流障害が生じた状態をいいます。血栓が心臓を経由し肺動脈を閉塞する、肺血栓塞栓症(PTE;pulmonary thromboembolism)を生じると死に至る場合があります。
看護のポイント
DVTの症状として浮腫、皮膚色の変化、疼痛などが挙げられますが、無症状の場合もあります。術前から下肢の状態やホーマンズ徴候の有無、血液検査(特にDダイマー)を確認しましょう。必要に応じてエコーや造影CT検査なども行います。
memo:Dダイマー
フィブリン形成後の分解産物であり、血栓形成傾向を認める疾患では上昇する可能性が高いとされている。
PTEの症状は突然の呼吸困難や胸痛、冷汗、動悸、咳嗽、血痰やショックに伴う失神などさまざまです。手術中は自覚症状の確認が困難ですが、急激な血圧低下や酸素化不良が生じた場合はPTEの可能性も考慮しましょう。
DVT予防として、リスクに応じ、手術中は弾性ストッキングや間欠的空気圧迫装置の使用を検討します。術前後に装着部位の皮膚状態も観察しましょう。
memo:間欠的空気圧迫法
下腿や足底などを装置により間欠的に圧迫することで、深部静脈における血栓の形成を予防する方法。
体温管理
麻酔の影響として体温調節機能の変化や熱の再分布、室温、術野の消毒・洗浄、皮膚の露出などの手術環境から、熱の喪失や熱産生の低下によって、低体温に陥りやすくなります。
看護のポイント
術野や麻酔管理の妨げにならない部位で体温測定を行います。
術前から保温に努め、暖かい服装で入室してもらいます。手術中も室温を調節し、露出を最低限にして温風式加温装置による加温を行います。
輸液や輸血の加温、アミノ酸輸液の投与なども有効です。
memo:温風式加温装置
温風を流し加温する装置。上肢用や下肢用、全身用など術式や体位にあわせたブランケットを選択できる。これらは一連の病態で、静脈血栓塞栓症(VTE)と総称されます。
体位固定
術式にあわせた体位固定を行います。
前縦隔腫瘍などの胸骨正中切開アプローチでは仰臥位、肺切除や胸腔鏡下手術では側臥位で行われます(表3)。
看護のポイント
術前から合併症のリスク評価を行い、体位固定器具を選定して準備し、医師と連携して体位固定を行います。
過度な圧迫・伸展・牽引に注意し、関節可動域を考慮して良肢位を確保します。
ずれの防止と除圧に留意して皮膚損傷を予防します。
モニターやカテーテル類の整理整頓も行います。
体位変換時は、必要な人数を集めて、挿管チューブやライン類が抜けないように注意しながら行います。
切開
皮膚を切開します。手術によって皮膚の切開部位が異なります(図2)。
患部を切除するため、組織をより分け、動静脈、気管支の処理を行い、臓器を摘出します。必要に応じてリンパ節の郭清を行います。
採取した組織は術中迅速病理診断を行い、病変部の良悪性の診断や断端病変の有無、リンパ節転移の有無などを確認することがあります。
組織摘出後、血管や組織から出血していないか確認し、必要時止血剤を用います。
肺の切除の場合、切断面から空気の漏れがないか確認を行います(リークテスト)。
空気や液体の貯留を防ぐため、胸腔ドレーンを留置し、創部を閉鎖します(閉胸)。
memo:自動吻合器
肺血管や気管支の処理、肺実質の切離など、組織を切除する際は、「自動吻合器」と呼ばれる切離と縫合を同時に行うことのできる器械を使用することが多い。
看護のポイント
手術の進行を確認し、必要物品を清潔に術野に供給します(図3)。
適宜出血のカウントを行い、麻酔科医師に報告します(胸腔鏡下手術で血管損傷を生じた場合、迅速に開胸に移行して止血を行い、輸血を行うなどの対応が求められます)。
手術器械やガーゼの体内遺残がないか確認を行います。
術直後の注意点
術直後の流れ
手術終了後、側臥位の場合は仰臥位に体位変換します。
胸部X線撮影を行い、無気肺、肺虚脱、肺水腫、皮下気腫など合併症が生じていないか、ドレーンの挿入位置が適正か、術中使用したガーゼや器械の体内遺残がないか確認を行います。
覚醒に伴い、呼吸・循環動態が変動するため、モニターを観察します。意識や筋弛緩・呼吸状態の回復や、循環動態が安定していること、抜管の基準を満たしていることを確認し、抜管を行います。
状況により、挿管管理のまま帰室することもあります。
状態の安定を確認後、退室します。
看護のポイント
覚醒時は患者さんが無意識に気管チューブを噛んでしまい閉塞・破損する可能性を考慮し、バイトブロックが適正な位置か確認します。患者さんは覚醒しても、気管チューブが挿入されていると声は出せません。不安が生じないように説明しましょう。また、吸引や再挿管に必要な器具も準備しておきます。
抜管直後は麻酔の影響により舌根沈下や浮腫、分泌物などによる気道閉塞が生じやすいため、異常の早期発見に努めます。
抜管し帰室を待つ間も気道閉塞や低酸素血症、呼吸抑制が生じていないかを観察し、自発呼吸が十分に行えているか、呼吸数やSpO2など呼吸状態を確認します。
手術体位による皮膚障害、神経障害が起きていないか、全身を観察し、四肢の知覚鈍麻や筋力低下の有無を確認します。
寒さの訴え、冷感やシバリングの有無を確認します。
memo:シバリング
筋肉の不随意運動により熱を産生させる生理的反応。骨格筋の収縮により熱を産生し体温を上昇させようとするが、それに伴い酸素消費量の増加や創痛の増悪にもつながる。
低体温による弊害として、周術期心臓合併症や免疫能低下による感染率の増加、凝固系の異常による出血、薬物代謝抑制による麻酔覚醒遅延、シバリングの発生、術後回復の遅延などが挙げられます。室温の調節や保温、必要に応じ加温を行います。
疼痛の管理
創部痛によって深呼吸や痰の喀出が妨げられることで、無気肺や肺炎などの肺合併症のリスクが高まるため、疼痛の有無・部位・程度、血圧上昇や頻脈などのバイタルサインを観察します。
NSAIDsやアセトアミノフェン、オピオイドの使用時間、量、効果、副作用の有無を確認し、病棟看護師へ申し送りを行います。
胸腔ドレナージの管理
肺切除術後は、
1)胸腔内に貯留する血液や滲出液を排出する
2)胸腔内の脱気と開胸操作によって虚脱した肺の再膨張をサポートする
3)術後出血や排液の性状から感染徴候をモニタリングする
などの目的で胸腔ドレーンを留置します。
合併症の出現に注意して観察を行います(表4)。
呼吸器外科手術の一般的な経過は表5のとおりです。
目次に戻る
本連載は株式会社照林社の提供により掲載しています。
書籍「本当に大切なことが1冊でわかる 呼吸器」のより詳しい特徴、おすすめポイントはこちら。
[出典] 『本当に大切なことが1冊でわかる 呼吸器』 編集/さいたま赤十字病院看護部/2021年3月刊行/ 照林社