患者さんの命は誰のもの?|がん患者と緩和ケア医の安楽死をめぐる本音(1)
本対談の写真は、ガラス反射を利用した幡野広志さんの撮影による。
写真家の幡野広志さん(35)は、2017年に多発性骨髄腫を発病。
余命3年という診断を受け、最期は安楽死で逝きたいと表明しています。
西智弘さん(38)は、腫瘍内科と緩和ケアが専門で、在宅診療も行う医師。
日本における安楽死の合法化に対しては慎重な立場です。
以前から親交があり、意見をぶつけ合ってきた2人。
「安楽死」についてさまざまな角度から本音で話してもらいました。
病院の中で「死」は禁句
幡野:早速ですけど、なんで医師は安楽死に反対するんですかね?
看護師は9割が賛成していて、一般の方も7割が賛成している状況にあって、僕が話を聞くかぎり、医師は安楽死に反対している人が多い印象です(※)。
なんでなんでしょう?
そもそも、医師同士って安楽死や死について日頃話してるんですか?
むしろ禁句になってません?
西:「病院において患者さんを死の方に誘導する発言をするのは、おかしいんじゃないか」そんなふうに考えている医師が大部分だと思います。
多くの医師にとって、安楽死や死は「見たくない」「見るべきではない」概念です。
「禁句」といっても、過言ではないかもしれない。
安楽死には主に「積極的安楽死」と「医師による自殺幇助」の2つがある。いずれも2018年の日本では違法。安楽死と混同されやすい尊厳死は「治療の差し控えと中止」や「消極的安楽死」とも呼ばれ、法的には明確に定められていない(2018年12月現在)。
<文献1~3)を基に看護roo!編集部作成>
医師は「まだできる治療があるのではないか」と考える
西:大多数の医師は、「一生懸命、患者の命を延ばすのが当たり前だろ」という感覚をもっていると思います。
「まだできる治療があるんじゃないか」と常に考えていますね。
たとえば、日本で合法的な手段である「鎮静」に対しても、強い反発を持っている医師が一定数います。
鎮静は、苦痛緩和のために患者の意識を低下させること。安楽死は患者の生命を終わらせることによる苦痛緩和。
<文献2)~4)を基に看護roo!編集部作成>
眠らせるという選択肢は「医師にとっての敗北宣言」という考えが根強い。
患者不在の話し合い
幡野:鎮静をするかどうかを医療者だけで決めることが、まずおかしいですよね?
その人の治療に関することなのに、なぜ患者不在で話し合うんでしょう?
西:病状が悪化したときに初めて、鎮静について話し合われているからだと思います。
その状況で「苦しいからもう眠らせてほしい」と患者が訴えたとしても、「一時的な感情かもしれない」と言う医師がいたり、「眠らせてほしくない」と思う家族の感情が優先される場面があります。
幡野:がん患者になってみないと、理解ができないんでしょうね。
よく患者から「先生にはわからないよ」って言われないですか?
患者を疑似体験できるVR(バーチャル・リアリティ)とかできたらいいのに、と思っちゃう。
西:患者の気持ちを想像するよりも、医師は自分の信念を優先してしまうんでしょうね。
医師の多くは「自分の仕事は患者の命を延ばすことだ」というプロフェッショナリズムをもっているのではないでしょうか。
「患者の命を延ばすこと」よりも「患者の幸せとは何か」を優先的に考えている人は少数派だと思います。
僕個人としては、安楽死をしたい人の想いは否定したくありません。
ただ、安楽死の合法化は時期尚早だとも思う。
緩和ケアが十分に広まっているとはいえず、「生きる権利」がないがしろにされていたり、幡野さんが指摘しているように、医療者間ですら、安楽死や死についての議論が十分にはなされていませんから。
対談が行われた場所は川崎市立井田病院7階「ほっとサロンいだ」。患者さんが好きなときに訪れて手に取れるよう、書籍が充実している。
「積極的安楽死」と「尊厳死」は同じもの?違うもの?
幡野:いまの日本でも、消極的安楽死(治療の差し控えと中止、尊厳死)は臨床で行われてますよね?医師は、消極的安楽死を受け入れるのに、どうして積極的安楽死に反対するんでしょう?
西:「命を縮めているわけではないから」じゃないですかね。
幡野:たとえば、その処置をしなければ翌日亡くなるかもしれないけど、処置を行えば2~3週間、延命できる可能性があるとき。
治療の差し控えと中止は、命を縮める行為にはならないんですか?
いま現在、医師が治療の差し控えと中止を行う場合、「消極的安楽死をしている」という認識はもっているんですかね?
<対談内容を基に看護roo!編集部作成>
西:どうなのかな…。
「尊厳死」という言葉に置き換えると耳障りが良くなるのかもしれません。
「命を縮めている」という言い方をすれば、医師は「そんなことない」と否定するんだろうけど。
僕個人の考えですが、「一生懸命、命を延ばした結果」をこれまで山のように見てきたからだと思うんですよね。
僕が医師になった当時(12~13年前)、たくさんの管につながれたいわゆる“スパゲッティ症候群”の患者さんが珍しくありませんでした。
“スパゲッティ症候群”の患者さんの最期を、医師はたくさん見てきたんです。
その結果、「多大な苦痛を与えても病状が良くならないのであれば、そのまま生命を終わる選択肢」を受け入れてきたんだと思います。
「患者・看護師 vs. 家族・医師」の構図
幡野:これまでいろんな医師と話してきましたけど、医師って患者の気持ちよりも自分の信念で動いてるように思うんです。
看護師は、医師と違って患者さん側の気持ちに立っている人が多い気がする。
患者の心身の苦しさや悩みを総合的に看てくれる印象です。
治療を続けようとする医師への反発心もあるのかもしれないけど。
医師は「この痛みをとるための治療は…」とピンポイントの解決を考えてる。
家族に至っては、患者が頑張りたくてもそうでなくても、「頑張れ頑張れ」しか言わない。
僕は、「患者・看護師 vs. 家族・医師」の構図があると思ってて。おかしなことに、意思決定のときには家族・医師サイドのほうが強くなってしまうんですよね。
唯一「僕の話」を聞いてくれたのが看護師
幡野:僕が看護師に救われたなと思ったのは、緩和ケアの認定看護師さんと話したとき。
激しい痛みでものすごくつらくて、苦しみを訴えたときでした。
「医療者に相談する内容なのかな、これ」って僕自身が迷うくらい、いろんなことを話しました。
2歳の子どものことや、家族のこと、これからやりたいこと。
がんになってから、いろんな人に一方的に励まされてきたんです。
「頑張れ」「きっと治る」「奇跡は起きる」と。
みんな、自分が言いたいことを押し付けてくるだけだったんですけど。
その看護師さんは唯一、「僕の話」を聞いてくれたんです。
診断を受けてから、「残りの人生でこういうことをしよう」とか自分なりに考えてました。
でも、「そんなことしなくていいよ」「そんなことしないで」と、家族や友だちから否定され続けた。
否定しないで背中をうまく押してくれたのは、その看護師さんだけだった。
あの技術ってみんな習得した方がいいんじゃないかって思います。
その看護師さんの顔も名前も、一生忘れないでしょうね。
体調が一番つらかった時って、死にたかったんです。自殺しようと思ってました。
だから、命の恩人です。
看護師のプロフェッショナリズム
幡野:それまでは看護師さんに深く関わったことがなくて、「医師の助手」くらいの認識でいました。
でも、実際は全然違う専門性をもっているんだとわかり、結構衝撃を受けたんですよ。
あの看護師さん何であんなにうまかったんだろうな。訓練の結果そうなってるのか。だとしたらすごい技術ですよね。
西:看護師は、医師とは全然違うプロフェッショナリズムをもっています。
僕も医者になりたての頃は、看護師は医師の助手という認識でした。
看護師ってどういう職業なのか、誰も教えてくれないんですよ。これだけチーム医療と言われているのに。
でも、今勤めている病院で武見綾子さんという看護師に出会って、「プロの看護師ってこういうことなんだ」とわかりました。
医師のスタンスとは全然違う。
患者さんの話を、とにかくよく聞いてます。生活という視点、生きるという視点から。
武見さんがいつも言うのは「患者さんの側に入り込む」です。
医師って、患者とのあいだに線を引いて客観視する職業です。
看護師は、そこを飛び越えて相手の方に入っていく。相手側に入り込むのが看護師で、患者さんの味方になりやすい。
幡野:看護師を味方にできたとしても、家族を味方にできてる患者って少ないような気がするんだよな。
ましてや、医師を味方にできる人なんてわずかで。
患者さんの本音は、医師には言えないし、医師も聞かないというのが現状ですよね。
これ、どうにかならないのかな?
(次回へ続きます)
※2018/12/28 公開です。
(※編集部注)
-看護roo!のアンケートでは9割以上の看護師が安楽死に賛成、という結果(2018/12/27時点)。
-朝日新聞社が2010年に行った世論調査(有効回答2322人、回収率77%)では、積極的安楽死を日本において法律で認めるようにするべきかという質問に約7割が賛成。
●幡野広志(はたの・ひろし)
1983年、東京生まれ。2010年に「海上遺跡」で「Nikon Juna21」受賞。 2011年、独立し結婚する。2012年、エプソンフォトグランプリ入賞。2016年に息子が誕生。2017年多発性骨髄腫を発病し、現在に至る。
●西智弘(にし・ともひろ)
川崎市立井田病院 かわさき総合ケアセンター 腫瘍内科医。2005年北海道大学卒。家庭医療を中心に初期研修後、緩和ケア・腫瘍内科の専門研修を受ける。2012年から現職。現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも携わる。「暮らしの保健室」など、院外にも活動の場を広げている。
編集/坂本綾子(看護roo!編集部)
【文献】
1)宮下洋一:安楽死を遂げるまで.小学館,2017
2)森田達也:安楽死・医師による自殺幇助―緩和ケアの臨床家が知っておくべき知識.緩和ケア 25(2), 124-129,2015
3)森田達也:苦痛緩和のための鎮静と安楽死のグレーゾーン―国際的な議論、再び.緩和ケア 25(6), 504-512,2015
4)日本緩和医療学会 ガイドライン統括委員会:がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引(2018年版).金原出版,2018
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