術直前の飲水は本当にだめ?

『術前・術後ケアのこれって正しい?Q&A100』(照林社)より転載、Web掲載にあたり一部改変。
内容は書籍刊行当時のもの。

 

今回は「術直前の飲水」に関するQ&Aです。

 

宮田剛
岩手県立中央病院病院長
編著 西口幸雄
大阪市立十三市民病院病院長

 

術直前の飲水は本当にだめ?

 

従来の一律な飲水禁止は、現在では疑問視されてきています。

 

〈目次〉

 

絶食によるストレスも有害となる

従来、気管挿管を伴う全身麻酔、あるいはその可能性のある処置の前には、朝から一切絶飲食とされてきました。内容物を気管挿管の際に嘔吐し、気管内に誤嚥してしまうことを回避するためです。

 

酸度の強い胃液を気道内に誤嚥することによって生じる誤嚥性肺炎は、Mendelson(メンデルソン)症候群と呼ばれ、致死率が30~50%という非常に重篤な合併症であるため、これを忌避する外科系医師は、とりあえず術前に胃内をからっぽにすることを望んでいました。

 

しかし近年、ERASの普及によって、この術前の絶飲絶食の功罪とその時期的適応が見なおされるようになってきました。絶飲絶食による飢餓ストレスが手術ストレスに上乗せされることで、生体に引き起こされるストレス反応は手術のみの場合よりも大きくなります。その結果、ストレスホルモン放出によるインスリン抵抗性が増す結果となることが指摘されたのです(図1)。

 

図1術前の絶飲食のデメリット

術前の絶飲食のデメリット

 

インスリン抵抗性が増すと、術後の血糖上昇を助長し、浸透圧利尿による脱水を引き起こしたり、感染症・合併症の誘因となり得ます。このことから絶食ストレスを軽減すべく、糖質を含んだ飲料を麻酔開始2時間前までに飲ませることが推奨されるようになってきました。

 

推奨されるのは“糖質を含む清澄水”の飲用

ヨーロッパでは、手術直前に12.5%の糖質を多く含んだ透明な液体を内服させることで上乗せとなる絶食ストレスを軽減させ、術後のインスリン抵抗性を改善させることが示されており(文献1)、「ERASプロトコール」としても推奨されています。わが国でこの用途に見合った製品がないのですが、他飲料がこの用途で流用され、まずはその安全性に関して検証されています。

 

気管挿管時の嘔吐回避に関しては麻酔科医の判断が注目されますが、2012年に策定された日本麻酔科学会の『術前絶飲食ガイドライン』(文献2)でも、2時間前までの清澄水の飲用は無害である旨が示されました(図2)。

 

図2『術前絶飲食ガイドライン』(文献2)での推奨度

『術前絶飲食ガイドライン』(文献2)での推奨度

 

公益社団法人日本麻酔科学会 術前絶飲食ガイドライン.(アクセス2014.4.10.)より一部改変して引用

 

また、日本の特徴として、インスリン抵抗性改善の観点だけでなく、経口補水による脱水改善効果と、静脈的補液回避という利点も強調されています。さらに点滴回避による医療事故減少、看護業務軽減などとともに、患者の満足度向上という点も示されるような方向へと発展しています(文献3)。

 

気管挿管の場合、飲用は麻酔開始の2時間前まで

気管挿管を伴う場合も、麻酔開始2時間前までは、むしろ糖質を含む清澄水の飲用が勧められます。ERASプロトコールでは、手術前日夜に糖濃度12.5%の清澄水(PreOpR)を800mL、手術当日の術前2時間前までに400mLを飲用させることが推奨されています。

 

ただし、嚥下障害や消化管通過障害等の問題のある場合は、麻酔担当医の指示を得る必要があります。日本には同じ飲料は存在しないため、他の製品で代用することになると思います。このとき、胃からの排出の遅い、タンパクや脂肪を含んだ飲料は避けたほうがよいでしょう。

 

 


 


本記事は株式会社照林社の提供により掲載しています。

 

[出典] 『術前・術後ケアのこれって正しい?Q&A100』 (編著)西口幸雄/2014年5月刊行/ 株式会社照林社

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